石井久恵 作品集表紙に戻る

医師Aの診察
 ――いや、お待たせしてごめんなさいね。
 年取るとどうもボンヤリしちゃうことが多くてね。年寄りは朝が得意だろうって、言うけど、そんなことないよ。起きてたって、しゃんとするまでに時間がかかって……。夜だってそんなに早く寝られないよ。
 ところで、どうしたの?
 腰と下腹が痛い? そう。便通は? そう、普通。トイレは近くなってない? ちゃんと出てる? あ、そう。食欲はあるの? 痛くてあまり食べられない。吐き気は? 今んところ大丈夫――。
 あれあれ、そんなに痛いの?
 どのへん?
 ――盲腸かもしれないね。え? もう盲腸ない? ええ? 僕が切った? そうだっけ。いつ? 何年前? 小学生だったって、あんたが? それじゃあ随分前だねえ。あの頃はずいぶん盲腸切ったっけね。散らすのはよくないんだよ。切っておいて、良かったでしょ? 子供の頃の方が軽くすむんだよ。
 ええと、その後に、他に病気はなかったの? 不整脈で検査入院って、それはいつのこと? 中学生? そりゃまた随分前だねえ。もう何でもないんでしょ。
 なに、今も痛いの? どこが? ああ、腰とお腹ね。いつからだっけ? 痛いのは。土曜日から我慢してたの? ……まあ、病院は休みだけどね。
 ああ、歩くのも辛い? そんなに痛いの? 救急車、呼べばよかったのに。仕事が忙しいって、仕事、何してんの? へええ、どんな本作ってんの? (カルテに記入)……知らないな。聞いたことないよ。へえええ、難しい本作ってるんだねえ。大変だねえ。忙しいんだねえ――。
 あ、また痛いの? どこかで転んだとか、打ったとか――ない、そう。
 ああ、椅子がよくなくて、腰が痛くなるってあるよ。座ったきりで仕事をする人は注意しなくちゃね。
 じゃあ、診てみようか、そこへ横になって、お腹見せて。どれどれ。どのへん? え? 横になるのが辛いほど腰が痛いの? 仰向けが辛いって、よく我慢してたねえ。
 どれ――この辺? 盲腸は……あ、もう切ったんだっけ。きれいじゃないか、手術のあと、僕が切った? そうだっけ? いや良かった、きれいに直ってて。
 そんなに痛いの?
 そうだね、じゃあ、ちゃんと検査しなくちゃね。まず血液検査と、レントゲンと、エコーと、CTと……(看護師に)あ、準備して。すぐできる?
 あ、そうそう熱は? 一応測ろうか。尿検査もしておこう。じゃ、看護婦さんが案内するからね、また検査の後で。
 いや、痛み止めだなんて、治療はまだできないよ。
 まず何が原因が調べなくちゃ……次の人、入れて。

再び医師Aの診察
 検査、全部すんだ?
 レントゲンも?
 なに、レントゲン室が寒かった? 今日寒いかね。でも裸じゃないでしょ、あれ、着るでしょ、レントゲン用の服、薄いけどね。でも寒かったの。暖房入ってなかったんだね。言えばよかったのに。え? 言ったらやっとリモコンをだしてきた? すぐには温ったまらないか、そりゃそうだ、ハハハ……。
 あ、熱、どうだった? 少し微熱があったんだね。それで寒かったんだ。平熱は? 低いんだね。いつもそう?
 で、レントゲンは――どれどれ――う〜ん、なんかあるね、ここらへんに。ほら、白く影があるでしょ。うん、これが原因かもしれないね。いや、レントゲンじゃよくわかんないんだよ。骨はよく写 ってるねえ。きれいだよ。骨は薄くもなってないよ。腰の痛みはこういうところからじゃなさそうだね。
 CTもやった? どれどれ――やっぱりお腹の下のところ、なんかあるね。ほら、ここ、丸く白い影があるでしょ。う〜ん、――なんかはっきりしてないな。造影剤やってないのかな……。
 点滴、やった? CTのとき。え? できなかったの? 途中でやめた? どうして? どれどれ、腕見せて。あ〜痣になっちゃってるね。こっちは採血のあと? 血管が出にくいんだね。
 (看護師に)造影剤、できなかったの? 入らなくて腫れた? それで途中で止めたのか。そりゃ大変だったね。痛かった? 腰より痛い? いや、造影剤ってなくても基本的にはCTは写 ることは写るよ。
 なに? また痛いの? そんなに痛いの? 痛いから病院に来てるって、そりゃそうだけど。胃腸関係じゃないとすると、腎臓とか、あとは婦人系になるねえ。生理は? そう、不順じゃないんだ。
 う〜ん、この辺に影があるってことは、卵巣が腫れてるのかもしれないね。なんか、映像がはっきりしないけど、3つくらい影が見えるなあ。卵巣、3つあるの? いやいや、そういう人もいるかもしれないと思って。いるんじゃないの? ほら、見て、3つに見えるでしょ。
 排卵痛? よく知ってるね、そんなこと。前にもあったの? え? インターネットで調べた? そんなことまで調べられるの? 困っちゃうなあ、最近はすぐにそんな調べができて。そこに書いてあったの? 3日も5日も苦しむ人がいるって? 排卵痛で? そんなことないよ。僕は知らないな。そんなには痛くないんじゃないか。いや、もちろん経験はないけどね。
 なに? 痛いの? そんなに痛いの?
 痛いから病院に来てるって、そりゃそうだけど。なんとかしてくれっていってもね、原因が特定てきないとね。やたらと薬は出せないんだよ。
 泣くほど痛がってもね――まあ、一応ここは外科だし、婦人系でも一応、内臓には変わりないんだから、ここでも切れるよ。手術だよ。入院してね。そんなに痛いんじゃあ、切ることも考えなくちゃだめでしょ。
 とにかく血液検査は明日わかるから……え? 痛くて眠れない? そんなに痛いの? じゃあ、点滴しましょうか、抗生物質ね。いや、変な意味じゃなくてね。本人は意識がなくてもね、どこからか内蔵の器官に細菌が入り込んで、炎症を起こすってこともあるんだよ。だから抗生物質。
 (看護師に)どう? ベッド空いてた? 二階のね、6人部屋に空きベッドあるから。だってそんなに痛いんでしょ? 良かったね、ベッドが空いてて。
 嫌なの? なんで? だって痛いんでしょ? だからちょっと入院して、じっくり検査して、ゆっくり点滴もして、手術のこともね――なに、入院したくない?
 どうして? 仕事って、あんたね、身体が資本でしょ? 仕事しなくちゃ入院費も払えないって、そんなことはないでしょ。そりゃ無責任かもしれないけどねえ……そんなに困るの? 大事な仕事なんだねえ、女なのにねえ。
 ま、しょうがない、そんなに嫌なら。入院は様子を見てからってことに……せっかくベッド空いてるのにね。
 じゃあ、今日は坐薬と痛み止めの飲み薬を出しましょうか。点滴、受けていってね。これから毎日、診察にきて、点滴だよ。仕事行くの? 休んだら?

医師Bの診察
 はい、おはようございます。
 うん……うん、昨日は院長先生に診てもらったわけですね。
 (カルテを見て)その後、腹痛と腰痛はどうですか? ああ、ずいぶん痛みが退いた、それは良かったですね。
 ええと? 点滴を打ったんでしたよね。食後に痛み止め……食欲はどうですか? 徐々に、ね。食べないと、薬は飲めませんよ。果 物と流動食じゃね、弱っちゃうでしょう。
 坐薬は使ったんですか? もう残り少ないって、10時間は置かないと、連続して使うのはよくないですよ。
 寒気がする? 坐薬を使うと? そりゃあね、これは鎮痛だけじゃなくて、解熱作用もありますから。昨日は 微熱があったんですね。いつもは体温はどのくらいですか? ええ? 6度ない? もともと体温が低めじゃあ、よけい低くなって、震えちゃいますよ。そんなに寒気がするんなら、使用は控えたほうがいいですね。
 それに、痛みが退いたっていっても、痛み止め使ってるわけですから。それが効いてるだけですからね、根本的に治っているかどうかは別 ですよ。ま、そこに横になって、お腹出してみてください。
 はい。どのあたりですか? (触診しつつ)――盲腸は? あ、もう手術したんでしたね。ないんでしたよね、盲腸。普通 、盲腸はひとつだからね。
 う〜ん、どうかなあ〜(医師、ベッドを廻って頭の方へ移動)ちょっと、上着まくってみて。(肋骨の下あたりに両手をあて、引っ張り挙げるように圧す)え? 痛い? 痛いですか?
 どれ?(再度圧す)やっぱり痛いんですね? 「うっ」って声が出るほど、ここが痛いとね、胆石の可能性があるんです。知ってるでしょ? 胆のうに石が溜まるやつ。溜まってると、ここが痛いんですよ。
 急に強く圧されたからって、誰でも声が出ちゃうってわけじゃないでしょう。出ませんよ、普通 。やっぱり胆のうですよ。
 え? 痛いのは腰と下腹部? ああ、でもね、ここの痛みが連動して、背中や下腹部にまで痛みが広がることもありますよ。ここも痛いんでしょ? (再度圧す)ほら、やっぱり痛いんじゃないですか。
 は? 圧さないと痛くない? でもね、痛いってことは危険があるんですよ、胆石の。ええ、可能性がね、高いんです。ここに石があるせいで、背中とかお腹もね――ああ、痛いのは腰とお腹? 圧さないと、ここは、ぜんぜんなんともない? 今まで痛かったことは?
 ないですか?
 ……でもねえ、痛みはけっこうつながってくるから。神経でつながって、あちこち痛くなるんですよ。歯が痛いだけで、頭が痛いときもあるでしょう。家族とか親族に胆石の人、いませんか? いる? いるでしょう? やっぱりね。
 エコーはやりました? 昨日やったんですか。でも、もう一度見てみましょう。胆のうを中心にね。(看護師に)ああ、エコー、今空いてる? すぐ用意してね。
 血液検査? ああ、そうでしたね。ええと……やっぱり異常を示していますよ。白血球が多くなっていますね。
 いえ、これはね、身体に異変があると、つまり痛いところがあると、血液の中身も変化するんです。痛い個所で、白血球が戦っているわけで、それでも痛みが消えないと、白血球が増えたりするんですね。
 とにかく胆のう見なくちゃね、エコーやりましょう。見ますよ、僕が。
 え? 会社、行くんですか? まあ、待って下さいよ。すぐ、すみますから。

再び医師Bの診察
 (エコーの機器を操作しつつ)この辺が胆のうですよ。画面、見えますか?
 ちょっと苦しい体勢かな。見てみてください。ここ、痛くないですか?
 痛くない……。こっちは? 痛くない……。痛いのは? ああ、下のほう? もっと下? そんなに下のほう? そこは胆のうじゃないよ。でも、もう痛みは取れたんでしょう? こっちは? 痛くないですか? 痛くない……。ああ、ありましたよ、ほら、胆石。
 よく見て、ここにね。え? 見えない? よ〜く見てください。ここにあるでしょう、小さい粒。見えますね? 小さいのが。ええ、大きさをいえばね、小さいもんですよ。そんなに大きかったら大変じゃないですか。そうとう痛いですよ。そうですね、砂粒くらい。数ですか? ええと……3つぶですね……。
 ほら、やっぱりあったじゃないですか。誰にでもあるんですけどね、胆石……。数は関係ないですよ。いやあ、砂粒が3つでも、油断は禁物ですなんですよ。石ができやすいってことですから、注意しませんとね。いや、すぐに手術とか、そういう必要はありませんけどね。今は切らなくても、他に治療法がありますからね。
 でもね、気になるなら切りますよ。
 じゃあ、今日はもういいですよ。
 あ、薬ね。坐薬はありますか? じゃあ、3日分、飲み薬もね、3日分出しましょうか。それから、今日も点滴、してってくださいね。

医師Cの診察
 具合はどうですか?
 うんうん、元気そうですね。
 痛みは? 腰と、お腹が痛かったんですね……(カルテを見て)痛み止めは毎日飲んでいるんですか? ああ、そうですね、点滴が効いたのかもしれませんね。そう、今、点滴している薬は、抗生物質です。
 (レントゲンとCTのデータを見て)う〜ん、やっぱり下腹に何かありますね。は? 胆石? いや、関係ないでしょう? 誰がいったんですか? ああ……。この病院は毎日先生の担当が変ることもありますから……それよりここね。ほらレントゲンだど、ぼんやり白くなってるでしょう? こっち見てください。
 CTだと、ずっと立体的になりますよ。このあたり、丸いなにかがあるわけです。場所からいって、卵巣でしょうね。ああ、最初もそう、いわれたんですか。3つはないですよ、卵巣。そんなばかな。ちょっと位 置がずれで見えてるだけですよ。
 でね、ここが白く、丸く写ってるってことは、腫れてるってことなんです。こう、丸くね。今は、直系5センチくらいになってるかもしれませんよ、これくらいだと。
 原因ですか? ちょっとしたことで細菌が入ったのかもしれませんね。いや、腫れるというのは、けっこうあることなんですよ。一種の炎症です。変なことじゃないですよ、別 に。特に性病ってわけじゃなくてもね。原因不明の腹痛だったら、女性は、これを疑ったほうがいいですね。
 ああ、それでね、抗生物質。細菌感染などで臓器が腫れてる場合……ほかでもよく使うでしょう? 抗生物質。そう、注射などでね。化膿止めですよ。痛みが退いてきたということは、抗生物質が効いてるのかもしれませんね――。
 細菌のことはそんなに心配しなくてもいいんじゃないですか? ほんと、よくあるんです。子宮内膜症なども、多いですね。昔は、あまり頻繁に医者に相談しなかったから、少なかったように思えるだけです。
 悪い感染症の心配ですか? ああ、血液検査ね。毎日データとってんですね。う〜ん、かなり貧血状態になっていますよ。変ってないですね。炎症が起こっているってことが、検査にも出ています。数値、高いですね。入院? 最初に言われたんですか? そうかもしれませんね、この血液の数値だと、輸血まではいりませんけれど、様子みたほうがいいという判断もありますよ。
 ええっ? 仕事、行ったんですか? 入院しなくて、ほんとに大丈夫なんですか? 
 痛みがあると、血液の中身が変るって、ああ、昨日の先生が、そういったんですか。それはそうですよ。赤血球が戦闘中で、援軍の白血球が増えるんですね。抗生物質も援軍の一種ですよ。痛みの原因が解消されれば、自然と血液のバランスももとにもどります。
 前にも貧血だといわれたことはありますか? それは何時? 高校生のとき? 目の前が暗くなるんですね。立ちくらみ、ああ、偏頭痛もね、起こりますよ、ひどいと。それで、通 院したんですか? 増血剤で、良くなりました? そうですか。その後はどうです? 注射に通 ったんですか。それで良くなったんですね。
 ああ、増血剤が合わなくて、気分が悪くなる人はいますよ。それで注射はやめて、増血剤に――そうですか。最近はあまり自覚はないんですか? ああ、生理のときはね、だれでも貧血気味ですね。
 あまりドリンク剤には頼らないほうがいいですよ。身体が血液を造らなくなったら困りますからね。
 う〜ん、この血液のデータ見ていますとね、痛みは退いてるって……あ、今はもうぜんぜんですか。今朝は忘れていた? ここに来るのをですか? いけませんね、忘れては。それほど痛みがなかったんですか。
 いやいや、痛みがなくなってても――だからこの血液検査の結果はですね、あまり良いとはいえないのです。治った、と血液がいっていないのですよ。よくないですね。
 あ、感染症ですか? 血液検査では必ずチェックしますよ――ええと、大丈夫です、肝炎などもありませんし、ぜんぶ陰性、マイナスと出ています。まあ、悪性のものや感染の危険のある病気はなさそうですね――とすると、やはり、産婦人科へ行ったほうがいいでしょうね。
 そう、このデータを持って。産婦人科なら、超音波がありますから。それなら、中の様子がもっとよく見えますよ。はっきりわかります。
 いや、ここにはないんですよ。MRIもありません。レントゲンと、CTじゃ、限界がありますからね。
 ぜひ、S病院へ行って検査してみてください。紹介状を書きますよ。
 明日にでも行きますか?
 は? 仕事、忙しいんですか?
 でも、ものごとには優先順位というものがありますよね。痛くないからって、油断は禁物ですよ。
 ぜひ、行ってください、S病院へ。
 あ、そうそう、今日も点滴して帰ってください。それから血液検査もね。

医師Dの診察
 どう? まだ痛いですか?
 随分遅いね、今日は。あんたが最後だよ。
 仕事してきたの?
 そう、でもそれは、薬で抑えてるからだと思うよ。見てごらん、これ、昨日の血液検査の結果 、それからこれはその前の、これはその前。この数値、下がってないでしょ?
 それからこれ、ここ。ひどい貧血だよ。よく立ってられるね。本当は辛いんじゃないの? これじゃ普通 は入院だよ。
 痛いところがあったからって、そういうこともあるけどね、それなら痛みが治まったら、良くなってこなかったらおかしいでしょ。だから見てみなさいって、このデータ。だんだん悪くなってるんだよ。これはね、少しも良くなっていないってことだよ。
 貧血でひどい人でも、もう少し数値はいいよ。時々その貧血に慣れちゃって、自覚がない人もいるけど、そのタイプじゃないかな。とにかく、普通 じゃ倒れてる。街の中で倒れたら大変でしょ。人に迷惑かけるでしょ。自分で平気だって思っててもだめだよ。自覚がなくても結果 が出てるんだから。いつか倒れるよ。
 毎日点滴しても、ちっとも効かなかったってことだよね。痛みはなくなっててても、治ってないんだよ。もしかしたら、患部が腐って、もう痛みも感じなくなってるのかもしれないよ。虫歯だって、進行すると、痛みを感じなくなるでしょ。それと同じだよ。どうするの? そうなってたら。血液がね、お腹の中で大変なことが起こってるって、いってるんだよ。これがサインなんだよ。
 昨日、紹介状書いてもらったんでしょ? 行ったの? S病院。
 どうして?
 仕事だからっていってる場合じゃないでしょ。仕事より身体でしょ。ここは病院だからね、当たり前だよ、仕事のこといってる場合じゃないよ。
 今、こうしてる間にも、どんどん病気が進行しているかもしれないんだよ。いや、もちろん、ちゃんと再検査しないと、はっきりしたことはいえないよ。でもね、血液検査の結果 だけでも、ただごとじゃないよ。
 明日にも行きなさいよ、産婦人科。
 本当は出血もひどいんじゃないの? そりゃあ、個人差はあるけどね、人とは比較はできないけどね。きっと子宮筋腫もあると思うよ、そのせいで、卵巣が腫れるってこともあるよ――だからね、検査しないと、わからないけどね。いや、ここじゃできないよ、超音波もMRIもないからね。
 ガン検査はしたことあるの?
 どうしてしなかったの?
 この年齢なら、市のサービス期間もあるでしょ? 無料で検査できるやつ。しとかないとだめだよ、婦人系のガンって多いって聞いたことあるでしょ? 一年に一回はしないとね、あっというまに進行しちゃうよ。手遅れになるよ。
 子宮の中がどうなってるか、調べてみないとわかんないでしょ。ほんとに患部が腐ってたらどうすんの。早期発見なら、切ればすぐに治るよ。今時は心配ないよ。切らない方法もあるけどね。
 ああ、でもなあ、S病院は、すぐ手術するって噂、あるなあ……手術、手術っていうらしいよ……最近はどうかわかんないけどね。先生にもよるしね。
 子供、これから産むかもしれないでしょ? まだだもんねえ、子供。結婚はしてないの? 一度も?
 そりゃあね、ここでだって手術できるよ。婦人系の器官だって、一応内臓だし、ここは外科だしね。
 あんたがね、もうちょっと年齢が上だったら、切除しちゃうんだけどね。まだ必要ないってわけじゃないでしょ?
 こういう言い方、誤解されるかも知れないけどね、医者のランクからいったら、産婦人科より外科の方が上なんだよね。だから、基本的にはどんな手術だってできますよ。頼まれればね。全部切除するんだったら簡単だからね。難しい手術じゃないよ。
 でもやらないよ。その歳でね、全部切りたくないでしょう。
 ま、とにかく、診てもらうことだね。ここじゃもうどうしょうもないよ。
 は? 薬がもうない?
 坐薬も使っちゃったの? まだあるなら、とっておけば。でも使わないほうがいいよ。
 前に何日分出したんだっけ? ああ、もうそんなにたつのか。ちっとも良くなってないんだね。
 いや、もう薬は出さないよ。気休めに持ってるなんてだめだよ。痛みをごまかしてるだけだからね。ごまかして、抑さえていたって、治らないんだよ。
 ああ、点滴も、もうしないほうがいいね。効果なかったみたいだし。今日はなし。そんなことしていて、また産婦人科へ行くのを先延ばしにしたら困るからね。出さないよ、薬はもう。だから明日すぐに、S病院へ行きなさいよ。
 なにが問題なの? 仕事?
 そんなこと都合に入らないでしょ。
 S病院は午前中しか受け付けないよ。仕方がないでしょ。みんな心配してるんだよ。誰がって、最初の日、痛がってたでしょ、あれほど。治療はね、検査しないと、基本的には始められないんだよ。痛くてもね。
 とにかく、レントゲンと、CTのデータ、渡すから――(看護師に)大きい袋ないの? ああ、その透明の袋? それしかないか――はいこれ、明日持って行ってね、いいじゃないか、透明の袋だって、封筒には入ってるんだし。封筒に名前が書いてるのは当たり前だよ。しょうがないでしょ。別 に表に病名が書いてあるわけじゃないし。CTって書いてあるだけでしょ。
 プライベートなんて、問題かね?
 暗いから、平気でしょ。
 あしたすぐに、S病院へ持っていくんだし。ああ、用が済んだら、返却してね。
 レントゲンとCTだよ。

医師E(産婦人科医)
 おはよう。
 今日、初診だね。
 うん、レントゲンとCT、見たよ。血液検査のデータもね。一週間、通ったんだね。外科でしょう? あそこは。
 うん、最初は腰の痛みの方が強かったんだ。そういうこと、ありますよ、お腹じゃなくて、腰や背中が痛くなりますよ。
 え? 腐ってるかもしれない? どこが? いやあ、それは調べてみないとわからないけどね。超音波で見てみよう。ついでにガン検診もしておこうか? やったことない? 今まで一度も? じゃあやっておいたほうがいいね。これもいい機会だと思って。
 貧血――ううん、データを見る限りではね、確かに数値は良くないけど、どこか痛いところがあると、そうなるよ。身体の中が緊急事態だから、血液はそれに対処している状態でね。
 もう、今は痛みはないんだよね? うん、痛みが退いても、血液はすぐにもとに戻らないよ。一週間くらいはかかるよ。
 とりあえず、検査をしてみようか。

再び医師E(産婦人科医)
 うん、超音波で見た限りでは、悪性の腫瘍なんかありそうなかんじではないね。ガンの検査も、一応やったけど、もしあっても、そんなにひどいことになっていないと思うよ。あっても早期発見てことになるよ。正式な結果は来週わかるよ。
 それはね、切ることも視野に入れて、治療を考えていくけど、そんなにすぐにどうこうすることはないよ。切ったほうがいいっていわれたの?
 入院? ううん――確かに、この時点でこの血液検査のデータを見たら、そういう方法もあるとは思うけど。入院なんて、大変でしょ? 薬を飲みながら様子見たり、手術するにしても、タイミングを見てやったほうがいいよね。でも今は、そんなに大げさじゃないよ。入院期間も短いしね。
 MRI、一応、予約しておく?
 うん、CTじゃね、レントゲンもそうだけど、限度があるんだよね。見ればわかるけど、MRIだと、かなりはっきり写るよ。近くに腫瘍があるかどうか、悪性かどうかも、わかるよ。装置が大きいから大げさな検査に見えるけど、負担にはならないしね。やってみる? そうだね、これを機に徹底的に検査してみるのもいいかもしれないね。それで問題なかったら、安心できるしね。
 今、妊娠はしてない? してるとできないよMRI。いや、一応聞いてみないとね。
 それから、身体に金属片が入っているってこともないね? MRIは強力な磁気を使うから、金属とか入ってるとダメなんだよ。心臓に機械が入ってる場合もね、使えない。金属片? いるよ、事故とか、昔は戦争とかね。まあ、君はまさかそれはないだろうけど。
 細かい注意事項は、看護婦さんに聞いてね。あとで説明するよ。
 点滴? もう必要ないでしょ。痛みもないんでしょう? だったらもう、止めたほうがいいよ。一週間で治ったってことは、薬はちゃんと効いたんだよ。
 感染症? そんな大げさなもんじゃないよ。そういうとなんだか性病みたいだけど、そんなことない。抗生物質で治ったんだから。よく卵巣がねじれる人もいるよ。これも痛いけどね。大丈夫、薬はちゃんと効いています。
 ああ、貧血がひどいから、治ってない証拠だって? さっきもいったけど、痛みが退いて、それから何日かすれば、徐々に元に戻っていくと思うよ。
 今日、一応血液検査していく? そうだね、そうすると――MRIは来週で――(パソコンで予約を確認して)ちょうどここが空いてるね、この日でいい? その結果 が次の週に出るから、二週間後に、MRIと血液検査の結果を、両方見ましょう。
 ああ、心配なら、増血剤、出しましょう。飲み薬で充分だよ。もらって帰って。
 それからMRIの予約の確認も受付でしていってね。
 ああそうそう、このレントゲンとCT、もう見たから、前の病院に返して。
 もういいよ。MRI取るから。このままじゃなんだね。受付で袋もらってね。

再び医師E(産婦人科医)
 やあ、おはよう。
 どう? ずいぶん元気そうだね。
 できてるよMRI 見てみる? きれいに撮れてるでしょう? くっきりして。ほら、もう炎症起こしているところの影、ずいぶん小さくなってるよ。わからないくらいだよ。痛くないはずだよ。どこにあったかわかんないでしょう? よかったね、良くなっていますよ。
 ガン検診? そっちも問題なかったよ。
 手術の心配? もう、ないない。確かに痛みがピークのときは、炎症もひどかったようだけど、良くなってるんだからね。
 だって考えてみてごらん。指に小さな怪我をして、炎症を起こしたとするでしょう? そう膿をもって。で、それが良くなってきていて、悪性の腫瘍もないのに、腕から切ったりする? しないでしょ。様子見て、治療するでしょ? もちろん、進行性の病気なら、また別 だけど。
 だからね、また頻繁に痛くなるようだったり、具合が悪かったら、その時、考えればいいよ。様子を見ながら、付き合っていくのがいいよ。
 もちろん普通に生活して大丈夫だよ。仕事も。病院は痛みをとったり、病気を治したりはするけど、人生そのものに責任がとれるわけじゃないからね。病気とは上手く付き合うことが一番だよ。
 注意すること――そうだね、まず、冷えだね。冷やすのはよくないよ、やっぱり婦人系の病気になりやすくなるよ。抵抗力の弱くなるしね。炎症も起こりやすいよ。
 無理にあったかくする必要はないけど、寒いと思ったら、その場所に長くいないとか、寒いときとか、冷房が強いときは、冷えないように事前に準備するとか、できるでしょう。そうするとかなり違うね。
 貧血? ああ、そうだったね。それも大丈夫だよ。ほら、ここの数値、前と比べてみて。低くなってるでしょ? こっちは上がってる。ちょっと貧血気味ではあるけど、心配ないよ。
 薬飲んでみてどう? ああ、疲れやすさの防止にはなるね。
 ちゃんと毎日飲んでた? いいんだよ、忘れるくらいで。
 忘れる日があったんなら、まだ残ってる? 薬。持ってたほうが安心かな? じゃあ、一ヶ月分くらい出しておこうか。
 もう一日二回なんてきちんと飲まなくてもいいよ。だから、一日一回なら二ヵ月分になるし、忘れて飲まない日が多かったら、三ヶ月分になるかもしれないね。
 薬が無くなったころ、予約を入れて、血液検査だけすればいいよ。うん、それで充分。必要ならまた薬を出すから。だって、ドラッグストアで鉄剤なんか買うより、安いでしょ? ここでもらえば。
 もちろん具合が悪かったら来なさい。
 うんOK。


Copyright(c): Hisae Ishii 著作:石井 久恵


◆ 「通院のススメ」の感想


*タイトルバックに「Funny PoP 」の素材を使用させていただきました。

*石井久恵さんの作品集が、文華別 館 に収録されています。
*光文社が一般公募していた「奇妙におかしい話」(阿刀田高選、文庫457円)に石井さんの作品が入選、収載されています。


石井久恵 作品集表紙に戻る