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 ハズレのハズレは当たりなのだろうか? 二カ月前のこのエッセイで、今回の冬は大雪に注意と書いたのだが、その予報は大ハズレで雪がほんんど降らないと先月に書いた。それもまた大ハズレで、あれから寒波が何度も襲ってきて、雪もどんどん降り積もって、各地で大雪の被害がニュースになっている。
 負け惜しみではないが、中国山地の盆地にあるわがふるさとは、例年に比べて雪が多いという印象はない。このぐらいは降って当たり前、といった程度でおさまっているのだが、とにかく寒さが厳しい。
 わたしは帽子が嫌いである。帽子をかぶると頭皮がむれて、むず痒くなってしまう。子供のころのアトピー体質が尾を引いているのか、腕時計も敬遠している。そんなわたしが、毛糸の帽子を離せなくなっている。毛糸で頭をくるんでやらなければ、脳みそが凍結してしまう。帰省して14年になるが、こんなことは初めてだ。訃報や体調を崩して入院したという話が今年の冬はやけに多いのだ。
 寒さによる異変もたくさんある。朝、仏壇に線香を上げるのが日課なのだが、マッチの点きが悪くなった。火が点いても、軸まで燃えないで消えてしまう。ロウソクも、点火して安心すると次第に炎がしぼんで火が消える。マッチは下向きにして軸に炎が燃え移るまで我慢、ロウソクもしばらくマッチの炎を近づけたまま、蝋を溶かすようにする。何歳になっても人間は学習するものだ(苦笑)。
 手拭き用のタオルや、食器を拭うタオルが、乾く前に凍ってしまいバリバリに。野外の水道が凍結するのは毎年のことだが、屋内の浴室の水道まで凍結してしまったのには難儀した。休店日の昼間にのんびり入浴することが多いのだが、昼になっても気温が上がらず零下なのだからお手上げである。洗濯機の給水蛇口も凍結、これも困った。幸い、浴室の水道の凍結は、数日で解消した。
 肉体的には、左の耳たぶにアカギレができた。猫を飼い始めたので、ダニやノミにでもやられたのかと思っていたが、これはアカギレなのだと気付いた。耳たぶの端が痒いのだ。他にも、足をツルことが多くなった。寒さで血行が悪くなっているのだろう。
 いちばん困ったのが、プリンターのストライキ。スイッチを入れても「室温を上げてください」という文字がモニターに表示されて作動しない。これも初めてのケースだ。ネットで本の注文があっても、納品書を印刷できないので出荷できない。ミニコミ誌も増刷できない。石油ストーブやエアコンを点けても、断熱材のない古い鉄筋コンクリートの“石室”はキンキンに冷え切っていて、なかなか室温が上がってくれないのだ。
 今年の大寒は1月20日で、暦の上では1年でいちばん寒い時期だとされているが、実際に最低気温を記録するのは1月26日から2月4日までが多いと、ラジオで気象予報士が話していた。今回は、2月の半ばになっても寒さが和らぐどころか、かえって冷え込んでいるような気がする。
 先月末に、無事、還暦を迎えた。あらためて、いちばん寒い時期に生まれたんだと、歓喜に、いや寒気に震えながら実感した。ああ、もう爺さんだな、と内なる自分の声が聞こえたが、ほんの数日で忘れた。やるべきこと、やりたいことがたくさんあって、溜息している暇などないのである。
 その還暦前の月曜日に、車の運転免許更新の手続きで、福山市にある広島県東部運転免許センターに行ってきた。免許の更新は地元の警察署でもできるのだが、木曜日しかやってないので店を休まなくてはならない。定休日以外はできるだけ店を開ける――、たとえ元旦であろうと、これだけは頑固に守っている。どら(道楽)書房と名付けたが、仕事はきっちりやろうと心に決めている。
 誕生日を過ぎると免許が失効してしまうと勘違いして、無理して月末の忙しい時期に出かけたが、免許センターに到着して通知はがきをよく読んでみると、誕生日前後一か月とあるのではないか。これなら、ミニコミ誌を発行したあとに来ればよかったと後悔した。根気がなくなったのか、説明文を流して読むくせがついている。
 用心のために近眼用の眼鏡を持参した。以前の免許証は「要眼鏡」だった。それが、帰省してから視力がいつの間にか回復していた。前回の免許更新の時に、「コンタクトしてないですよね」と検眼係の人が疑わしそうにわたしの眼を覗き込んだのを今でも覚えている。
 もし、再び視力が落ちていたら、と近眼用の眼鏡を用意したのだが杞憂だった。視力検査は裸眼で難なくパスした。しかし、今でも眼鏡は必需品だ。車のナビを設定するときに、老眼鏡がなければ文字が読めない。老眼は確実に進行している。
 前回は無事故無違反でゴールド免許だったが、今回は青地の一般免許だ。2年ほど前に、一時停止違反で切符を切られた。田舎道で、それこそ奇跡的なタイミングでパトカーに遭遇した。現行犯逮捕(?)だった。
 違反した時点で、ゴールド免許が取り消しになるかと思ったらそうではなく、免許更新時まではゴールド免許が継続するのだそうだ。車の保険を更新するときに相談したら、そう言われた。ゴールド免許ならば、保険料がいくぶん安くなるらしい。
 講習の時間も、ゴールドの優良運転者ならば30分ですむが、一般運転者だと1時間。これが違反運転者だとさらに倍の2時間になる。講習を終えると、すでに免許証が出来上がっていた。
 以前は古い免許証はパンチの穴をいくつか入れて返してくれていたように記憶しているが、今回は新しい免許証を交付するときに回収していた。ネットで調べると、希望者には返却してくれるそうなのだが、保存したいとは思わない。免許証の写真はいつもひどい。まるで、犯罪者の手配写真である。新しい免許証の写真はむごいの一言。
 講習会が終了したのが午前11時。それから免許証を受けとって、少し早いが食堂で昼食を摂ることにした。こうした公共機関の建物の中に食堂があるとスルーできない。街中の店で食べた方が味はおいしいのだろうが、大きな食堂で、安っぽい食器に盛られた安価な料理を食べていると安心する。根が貧乏性なので、自分の身の丈にあっていて、落ち着ける場所なのだろう。
 そういえば、一昨年の秋に上京したとき新宿の都庁を見学した。そのときも、しっかりと職員用の食堂で昼飯を食べている。東京の小金井市で暮らしていたときに、近隣にある亜細亜大学の一般講座に通っていた時期がある。そのときも、講義の少し前に出かけて、学生食堂で夕飯を食べていた。
 運転免許センターの食堂には先客がひとりだけ、コーヒーを飲んでいた。わたしは、アルマイトのドンブリのラーメンをすすりながら、前回の更新の時もここで何か食べたよなと思い返していた。記憶は地下なのだが、実際にはこの食堂は2階にある。もっと汚かったはずだが……、ああ、あれは東京の府中運転免許試験場だったのだと思いだした。東京でも、免許更新時に試験場の建物で昼飯を食べていたのである。

Copyright(c):Masahiro Akagawa 著作:赤川 仁洋


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*亜木冬彦&赤川仁洋の作品集が文華別館に収録されています。


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