亜木冬彦&赤川仁洋 作品集表紙に戻る

前回次回


 豪雨の後で、大丈夫かとあちこちから連絡をいただいた。うちは坂の上の商店街にあるので、近くに川や山もなく、どんなに雨が降っても大丈夫だが、店のある建物が昭和三十年頃の古いビルなので、雨漏りのする箇所がある。
 年月が経って、コンクリにひび割れができているのだろう。いちおう、ビルの上に雨避けの塩化ビニールの屋根を設置しているのだが、横なぐりの激しい雨だとサイドから雨が吹き込むし、側壁から雨水が浸透して、それが吸収しきれない量になると、ポタポタと水滴が垂れてくることになる。
 雨漏りする場所は決まっていて、以前に本棚が直撃されて本が駄目になったことがあるので、防水シートや新聞紙で防御しているのだが、今回ばかりはバケツで対処。明け方に確認したら、バケツの半分近くまで水が溜まっていた。今までにこんなことはなかったし、それが2日間続いたのだから、やはり未曽有の豪雨である。
 スコールのような強い雨が、ずっと降り続いている。バケツをひっくり返したようなとよく形容されるが、空からひっきりなしにバケツの水をぶんまけられるのだからたまらない。隣町の三次では、川の堤防の護岸は頑丈に造っていたので氾濫することはなかったが、周辺の山から保水能力を超えた雨水が流れ込んできて、低地が水没して池のようになってしまった。
 市内の東端にある東城町では川が決壊して、町の中心部で200件以上の民家・商店が浸水被害に遭った。人命の被害は出なかったので、大きく報道されることはなかったが、古い町並みを残す中心部の商店街は、車や重機が入れない細い路地が多く、復旧作業が難航しているらしい。
 庄原市は、1級河川・江の川の支流、西城川が東西に市内を横断するように流れている。その川沿いの道を車で走るときは怖かった。母親が入院している介護病院に毎日、通っているのだが、川向うにあるので、坂道を下って橋を渡らなければならない。
 橋脚のすぐ下で、赤茶けた濁流が轟音を響かせて荒れ狂っている。もう少し豪雨が長引いていたら危なかった。あるいは、大きな流木でもぶつかっていたら……。実際に、芸備線の鉄橋が流されたという被害も出ている。狩留家駅と白木山駅の間で、所在地は広島市安佐北区、今回は瀬戸内の被害の方が大きかった。復興には1年以上はかかるだろうと言われている。赤字ローカル線なので、三江線の次は、芸備線が廃路のターゲットになるのかもしれない。
 豪雨の翌日に、水が引いた西城川の沿道を走ると、護岸のコンクリの上の叢がごっそりと削られている。もう50センチも水嵩が増していたら氾濫していた。川沿いに住んでいる人たちの多くが、高台にある市民会館に避難していたということを後で聞いた。車で走っている最中に川が氾濫していたら、こうして文章を書くこともできなかったかもしれない。
 中国山地の盆地にある庄原市は、昔から水害の多い土地だった。すり鉢の底に町があるから、大量の雨が降ると川が一気に増水する。山を切り開いた土地も多いので、崖崩れなどの被害も発生する。2012年の庄原ゲリラ豪雨では死者も出て、その惨状が全国版のニュースで放映された。
 わたしの記憶に残っているのは昭和47年のヨンナナ豪雨だ。中学2年のときだった。仲の良かった同級生の父親が仕事中に崖崩れで亡くなった。蝋石の産地である勝光山の採石場で働いていた。号泣する友だちに、何も声をかけることができなかった。そのときの無力感を、今でも覚えている。
 豪雨災害の話を、どら書房の常連客の人と話をしていて、過去の被害の話になった。川が氾濫して、駅舎が流されてしまったことがあるという。昭和20年9月の枕崎台風で、そのときは広島県内だけでも死者・行方不明者が2千人を超えていたというから、今回の10倍である。
 敗戦直後で、行き場のない原爆被災者を芸備線の汽車でどんどん田舎に輸送しているときの出来事だったという。わたしの生まれる前の話だが、神様も無慈悲なことをすると憤りを覚えたものだ。何度も何度も踏みつけられても、立ち上がって復興した。人間は逞しい……。
 老いということを初めて意識したのは四十台の半ばのときだった。母親の介護のために単身帰郷、隣町の調剤薬局に勤務したのだが、新しい知識がまったく頭に入ってくれない。学生の頃は、一度読めば暗記できていた事柄が、脳をするりと通り抜けてしまう。
 失敗ばかりしていて、自分はポンコツなのだと自覚した。このままでは精神的にも追いつめられてしまう。半年勤めただけで遁走した。困難に直面して、鍛えられるのが若者。金属疲労を起こして、疲弊してしまうのが老人なのだろう。
 東日本大震災以来、自然災害が続発している。地球温暖化の影響なのだろうか。高齢化した日本人社会が、こうした大災害を乗り越えて安定した未来を築くことができるのかどうか。ついそんな不安を覚えてしまう。

Copyright(c):Masahiro Akagawa 著作:赤川 仁洋


◆ 「風に吹かれて(108)」の感想 (掲示板)
合い言葉は「ゆうやけ」

*亜木冬彦&赤川仁洋の作品集が文華別館に収録されています。


亜木冬彦&赤川仁洋 作品集表紙に戻る