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. 大風邪を引いてしまった。鼻がグズグズするので、また猫の毛アレルギーだと思って、アレルギーの薬を飲んで過ごしていた。そのうち咳が出るようになった。これも、千葉へのテニス旅行の疲れだろうと思っていた。 去年も旅行から帰って来てから咳が止まらなくなり、風邪だと思って咳止めを飲んでも効果がない。あれこれ薬を試して、ようやく原因を突き止めた。逆流性食道炎が再発していたのだ。
 普段はまったく飲まないアルコールを、大学の同級生たちとの連夜の宴会で飲み過ぎてしまい、胃が荒れたのだろう。以前に処方してもらった「胃酸を抑える薬」を飲んでみたら、ようやく咳が収まった。逆流した胃酸が喉の粘膜を刺激して咳が出ていたのである。
 今度もそのパターンかと思って、胃酸の薬を飲んだが良くならない。そのうち声が嗄れて体が熱っぽくなってきて、ようやく風邪を引いていたのだと気づいた。去年とはまったく逆で、風邪をこじらせてしまった。
 秋のテニス旅行は毎年の恒例で、帰って来てからの体調不良も恒例になってしまった。これが齢を取るということか。今年は出かける前から腰痛で、痛み止めを飲みながらテニスをしていた。春先に本を引き取るときに腰を痛めたのだが、それが長引いてピリピリした坐骨神経痛になっている。
 台風一過のフェーン現象で、旅行先の房総半島の茂原は連日、30度近くの暑さだった。まるで真夏のような太陽の下で、テニスボールを追いかけていた。帰って来てからは一気に秋めいて、ここは盆地なので朝夕の冷え込みも厳しく、その変化に体が対応できずに風邪を引いてしまったのだろう。
 精神的なことも大いに影響している、と思う。それぞれの親の介護のために別居してもう15年になる。1年に一度会うだけの七夕のような夫婦、とこのエッセイで書くのも恒例になっているが、東京で再会して行動を共にしていれば、違和感はすぐに消えてなくなる。一緒に歩くのも、一緒に電車に乗るのも、一緒にご飯を食べるのも以前と同じ。
 しかし、また羽田空港で別れてからの寂寥感の方は、なかなか抜けてくれない。一人で行動することにあれだけ馴れていたはずなのに、わずか数日間だけ一緒にいただけなのに、すっかり気持が馴染んでしまっている。旅行から帰ってしばらくは、何もする意欲がなくなってしまう。1年のメインエベントが終わってしまったという寂しさか。
 東京・小金井市にあるアパートをまだ借りているので、テニス旅行の少し前に東京に行ってアパートで2泊、2泊3日のテニス旅行から戻って来てまたアパートで2泊、全部で1週間の旅程である。では、小金井のアパートを拠点にして何をやっていたかと言えば、我ながらあきれてしまうが、そのほとんどが古本漁りなのである。
 出雲空港から羽田に到着した当日は、携帯電話をソフトバンクのプリペイド式からイオンの格安スマホに乗り換えるのに時間と労力を費やして1日が終わってしまったが、その翌日は、八王子市の古本祭りに出掛けた。最寄りの東小金井駅から中央線でそのまま八王子まで行けるので交通の便もいい。 こうした大掛かりな古本祭りに行くのは初めての経験だった。
 八王子は大学の4年間を過ごした街で、新しくできた駅ビルや再開発で駅前の景色は一変していたが、北口の商店街の雰囲気は当時の面影を色濃く残していた。車道を通行止めにして、古本屋のテントが並んでいる。ざっくりと見て帰るつもりが、最初のテントで足止めされてしまい、今日は一日、ここで過ごすことに決めた。
 個人的に読みたい本、店に置きたい本はたくさんあるのだが、いくらで売るか、いや、いくらなら売れるかを考えると、なかなか手が出ない。宅急便で送る費用もプラスしなくてはならない。それでもかなり量の本を買ったので、荷物用の折り畳みのキャリーを持って来ていて正解だった。
 いちばん買い込んだのは、3冊で百円のテントの本で、得体の知れない古い専門書を何冊か確保したのだが、そのうちの2冊が「当たり」だった。売れるかどうかはわからないが、ネット上で他の業者がかなり高値を付けている。少しはセドリの勘が働くようになったかと鼻を高くしたが、考えてみれば1冊33円強の本なので、失敗してもたかが知れている。
 この八王子の古本祭りを皮切りに、ブックオフや古本市場なのどの古本チェーン店、いつも立ち寄る西荻窪の老舗の古本屋、東京に滞在中にあちこちで古本を漁ったが、一番収穫が多かった場所は皮肉にも「図書館」だった。
 その図書館、「武蔵野プレイス」は、隣駅の武蔵境の南口駅前にある。一階には喫茶店が入っていて、いつもカフェオレにモーニングサービスセットをつけるのが定番。その前にひと仕事で、地下にあるリサイクルブックのコーナーにまず立ち寄る。
 リサイクルブックは、除籍本とか放出本と言われている図書館の処分本だ。ほとんどが利用者に無料で提供される。それでも貰い手がないときは、資源ゴミとして裁断されることになる。
 図書館から見放された本なので、どうしようもないゴミ本、というイメージだが、まるで未読のようなきれいな本がけっこう多い。貸し出しの利用者が少ないから捨てるのであって、本の値段やコンディションはほとんど考慮されない。読まれない本の方がダメージが少ないのは当然で、借りる人が少ないということは専門的な傾向が強い本の割合が高い。つまり、ネットで高く売れる条件を備えている。
 実際に、武蔵野プレイスのリサイクル本の棚から15冊ほどの本をもらってきたが、そのうちの5冊に千円以上の値段をつけてネットの販売サイトに登録した。蔵書印やカバーを透明フィルムで接着しているというハンデはあるが、読めればいいという人にとっては、少しでも値段が安い方が嬉しいだろう。
 なんだか今回も、旅行のことは書かずに古本のことばかりを書いている。東京に来ているからといって、これといって行きたい場所があるわけではなく、欲しいものがあるわけでもない。だから、今の商売に関係している古本屋巡りを選んでいる、いや、選ばせてもらっている。
 それでも、街中を歩いていると新鮮な発見がある。西荻窪では、いつも行ってる老舗の古本屋の他にもう一軒、新規の古本屋を訪れたのだが、駅からかなり離れていたので帰り道で迷ってしまった。せっかくスマホを買ったのだからと、ナビ機能を呼び出そうとしたが、買ったばかりで操作がわからない。何度も人に尋ねて西荻窪の駅にたどり着いたときは、かなり日が暮れていた。
 八王子の古本祭りでは、学生時代によく入った中華屋がまだ店を開いていた。懐かしくて昼食に入ったのだが、「そうそうこの味……」と、40年ぶりに食べるラーメンの味をまだ覚えていた。注文したのはラーメンと中華丼のセットで、相変わらず安くてボリューム満点。しかし、全部食べるのに四苦八苦、体の方は確実に老いている。
 還暦を過ぎて、気温の変化に弱くて風邪を引きやすくなった。彦星も、そして織姫も、歳を重ねてかなりくたびれてきた。来年は平成が終了して、5月1日から新元号がスタートする。新元号となった来年もまた、東京に行けるだろうか。鬼が笑う前に、まずはこじれた風邪を治さないと(苦笑)。

Copyright(c):Masahiro Akagawa 著作:赤川 仁洋


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*亜木冬彦&赤川仁洋の作品集が文華別館に収録されています。


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