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 氏子になっている神社の秋祭りに参加した。正確には、参加させられた、だろうか。うちの常会(町内会をさらに小さく区分したもの)が5年に一度の担当になっているらしくて、前々から常会長さんに頼まれていた。こうした行事には、今までは父が参加していたのだが、もう無理なのでわたしに話がきた。80近い高齢で、しかも足の悪い常会長さんに「若い人がいなくて困っている」と泣きつかれては、断るわけにはいかない。高齢化が進んでいる過疎の町では、50を過ぎたわたしでもまだ元気の良い“若手”なのである。
 任務は、神社の参道の清掃と、御神行。御神行というのは、御輿のあとに続いて、神物を掲げて歩く行列のことで、その人数たるや60人近く。参加して初めて、そんな大きな行事なのだということを知った。それまでは、町内を少し練り歩いてオシマイ、などと気軽に考えていたが、たっぷり3時間、歩かされた。常会長さんが、御紳行に参加する人の保険加入の名簿を作っていたのだが、高齢だと体調を崩す人も出るのかもしれない。
 何を持つかはくじ引きで、わたしは熊毛が当たった。朱色の棒の先に、白いフサフサした毛がついている。一見して軽そうなので、申し訳ないと思ったが、大きな幟などと較べて、大して重さに違いはなかった。幟の竹竿は中が空洞なので、負担のかからない重さになっている。
 途中、休憩しているときに、そばにいた子供たちが熊毛に興味を示したので、その子の頭に毛を被せて「かつらだよ」とふざけると、何の毛なの? と尋ねてきた。「熊の毛だよ」と、柄にくくりつけてあるラベルを自慢げに見せると、「熊って、黒いない?」。なるほどと思ったが「白熊だよ」とごまかしておいた。あながち嘘ではないかもしれない。北極にいるシロクマではなく、白い毛の熊。白虎や白蛇のように、白い動物は神聖なものとして昔から珍重されている。
 それにしても、あの白い毛の正体はなんだろう。触った感覚では、安物のカツラのように人造だと思うのだが、そのあとで手の甲が痒くなった。蚤か虱? あの子の頭が無事だといいのだが……。
 行列は、うんざりするほどのノロノロペースで、休憩も多い。新参者で、近所付き合いもあまりしていないわたしは話し相手もいないので、余計に長く感じてしまった。しかし、二台の御輿を担いでいる若い衆のことを思うと、その速度も、休憩の多さも頷ける。沿道に、ご祝儀袋を持って待っている人がいて、その祝儀のお礼に、家内安全、商売繁盛を祈念して、その人の家の前で「ワッショイ! ワッショイ!」とかけ声を上げながら二度、三度と重い御輿を持ち上げる。みんな、玉 の汗を流している。
 行列に参加した人の話では、御輿を担いでいる若い衆の多くは市内にある県立大学の学生で、報酬は一万円。午後だけのアルバイトで一万円は魅力だが、相当な体力がいる。高齢化が進む地元民だけではもう御輿は担げない。みんな、体格が良いので、体育会系だろうか。昔なら、褌かキャラコのパンツにわらじなのだろうが、今は短パンのスパッツにスニーカーである。ご祝儀袋を持った人はけっこういて、いくら入っているのかは知らないが、アルバイト料の足しになるのだろう。行列が終わったあとも、御輿だけは路地裏の方まで出張して稼いでいた。
 夕方の5時過ぎに行列が終わって、夕飯の支度のために帰路を急いでいると、祝儀袋を持ったばあちゃんに、「御輿はいつくるんだい?」と尋ねられた。「もう少し時間がかかります」と答えながら、こうして楽しみにしてくれている人がいるんだから、やっぱり続けなければいけないんだと実感した。5年後も、参加しよう。ただし、声をかけられたら、だが(苦笑)。こりないやつだな、という次兄の声が聞こえるような気がする。

 その次兄のことを先月に書いたのだが、その後の“事件”を少し報告しておこうか。急死した次兄の暮らしていたアパートの部屋を、穴蔵のような部屋と表現したが、その後始末のことで、不動産屋とトラブルになった。両親の介護をしている身なので、東京にとどまって、のんびりと部屋を片づけている余裕はない。部屋の後始末を、そのアパートを管理している不動産屋にお願いした。地元の信頼のおけるリサイクル業者に、すぐに見積もりを出させるという。ゴミが散乱して、家財道具のそのままのひどい状態だったので、かなりの出費を覚悟していた。それが、いくら待ってもその見積もりの連絡がこないのだ。
 帰郷してすぐに、用事があって不動産屋に電話を入れたのだが、そのときに「あれ?」と思わせるやりとりがあった。
「リサイクル業者の見積もりは、ファックスで送りますよ。ファックス、ありますか?」
「いや、うちのファックスはもう何年も使っていないので、電話にしてください」
「電子メールはどうですか?」
「ああ、使ってますよ。じゃあ、メールアドレスを言いますから」
「ファックスで送ってくれないですかね」
「だから、うちのファックスは壊れているんで」
「近所のコンビニから送れませんか?」
「 短いアドレスなんで、簡単ですよ」
「間違うといけないので、できればファックスにしてください」
  ムッときたが、上京したときに親切に応対してもらった恩義があるのと、今後のことを考えて、車に乗ってコンビニまで行った。しかし、何度試してもうまくファックスが送れない。店員に尋ねると、コンビニのファックスは発信元の番号が非通 知なので、相手方が非通知ファックスの拒否設定をしているのかもしれないという説明だった。
 帰宅して、そのことを不動産屋に話したのだが、そんな設定はしていないという。非通 知のことを、うまく説明できなかったのかもしれない。そのときは、さすがにわたしもうんざりしていて、やっぱり電話にしてくださいと不機嫌な声で言った。
「じゃ、メールアドレスを教えてください」
 内心、最初からそうしてくれよと悪態をつきながら、電話口でアドレスを告げた。確認のためのメールのやりとりがあって、何も問題はなかった。しかし、どうして電話ではなく、ファックスやメールにこだわるんだろうという疑問が残った。その答えがわかったのが、二週間ほどあとのことだ。それまで、連絡がないことに、気にはなっていた。部屋には野菜などの食料品もかなり残っていた。真夏なので傷みも早い。大丈夫なのか?
 ようやく届いた不動産屋のメールには、不要品の撤去費用と部屋の修繕費の合計額が書かれていた。10万円を越えている。やっぱり、けっこうかかるんだな、と思いながら、そのぐらいは仕方がないと思った。そして、もう一度、金額を確認して、顔が青ざめた。一桁違っている。不要品の撤去費用が21万円、部屋の修繕費が約90万円、消費税を入れて107万円余り。明細書を郵送したので、至急、その金額を振り込んでくださいと、不動産屋の銀行口座の番号が記してあった。なるほど、電話では言いにくい金額だった。感情的なやりとりになるのを嫌ったのかもしれない。
 そのときは、次兄の葬儀の準備やいろんな手続きに時間をとられて、心身ともに余裕のない状態だった。気弱になっていたのだろう。ケンカする元気はなかった。確かに高額だが、次兄の遺した貯金で精算すればいいんだという気楽さもあった。しかし、いざ振り込みの手続きをするときになって、猛烈に腹が立ってきた。
(世間知らずの田舎者だと思って、馬鹿にしてるんだな。こんな火事場泥棒のような真似をしやがって……)
 あくまでわたしの主観である。次兄の突然の死に対しても、面倒事を一人で抱え込んでいる自分の情況に対しても、ひどく苛立っていた。
 ケンカしようと腹を決めると、相手の要求を冷静に分析することができた。相手は、不要品を人質に取って、高額な修繕費も負担させようとしている。まずは、不要品を撤去して部屋を空ける必要がある。ネットで業者を選択して、すぐに連絡を取った。不動産屋に、違う業者に見積もりを出させること、修繕費用が高額過ぎて払えないという意志を、メールで告げた。そして、今後もメールでのやりとりを要求した。その方が、記録として残ると判断したのであるが、電話で直接ケンカする元気がなかったこともある。
 不動産屋はその返信で、意外にあっさり業者の変更を認めた。まあ、認めるしかなかったのだろう。しかし、やはりというか、不要品が置かれたままでは部屋の修繕ができないこと、アパートの他の住人から異臭の苦情が出ていること等々が書かれていて、家賃も払わないで部屋を占拠している情況を糾弾する内容だった。
 ネットで検索して、こうした賃貸トラブルの消費者支援を行っている団体に相談した。そこで、無料法律相談を行っている司法書士の先生を紹介してもらって、アドバイスを得た。やはり、こういう法律が絡むトラブルは、専門家の判断をあおぐべきだと、あらためて思った。
 その先生の話では、次兄は20年以上にわたって家賃を払い続けた、という実績が大きいのだという。それで、大家は十分な利益を得ているわけで、いくら部屋が汚れていたとしても、壁に穴を空けたり窓ガラスを割ったりといった過失がない限りは、大家の責任で部屋を修復するのが基本、という見解だった。
 兄の死については、自殺ではないことをまず最初に確認された。自殺だと、そのあとの賃貸契約時に、そのことを相手に告知する義務があるのだという。自分が借りる立場で考えてみれば、当然か。気にしない人もいるだろうが、たとえそうであっても、そのことをあとで知れば、隠していたんだと不快に思うだろう。自殺したあとの部屋は、借り手がなかなか見つからないことも考えられるので、その場合は遺族にその間の家賃を補填する義務が生じてくる。それが、兄のように病死であれば、賃貸契約時に告知する必要はないので、そういう義務は発生しない。
 それで勇気を得て、不動産屋に返信した。早急に不要品の撤去の手続きをするという意思表示をして、そのときに簡単な消臭作業をしてもらうことを約束。部屋の不当占拠については、撤去費用の見積もりが遅れたことが原因であると切り返した。そして、司法書士の先生の見解を記載して、あらためて高額の修繕費を払う意志はないことを表明した。
 結果的に、他の業者に依頼した撤去費用は20万円で、不動産屋の選んだ業者とさして違いはなかった。正当な要求だったと言える。修繕費用にしても、元の状態に戻すためにはそれだけかかるという見積もりで、水増しされたものではないのだろう。そうした要求をするのも、別 に法律に違反しているわけではないので、あるいは慣例なのかもしれない。
 わたしの返信以来、二ヶ月近くになるのだが、不動産屋から連絡は何も入っていない。このまま要求を取り下げてもらえればありがたいのだが、交渉がこじれた場合、裁判沙汰になることも覚悟している。まず相手にアクションを起こしてもらって、その結果 、司法の裁定で、修繕費用を支払えということになったら、潔く(でもないか)、従うつもりである。これが逆に、わたしがすでに修繕費用を払ってしまって、その返還を求めるのであれば、わたしの方からアクションを起こす必要があり、とてもしんどいことになる。お金を握っている方が、楽チンなのだ。
 わたしは不動産屋へのメールで、「今回の件、大変興味深く、じっくり対応させていただく所存です」と最後に書いた。強がって見せることで、相手に対する牽制や威嚇の意味合いがあったのは確かだが、本音でもあった。未知なるものは、いつでも興味深い。まだまだ自分は世間知らずなのだと実感する。
 くどく書きすぎたようだ。ケンカなれば、熱くなるのも仕方がない……、でしょ?


Copyright(c):Masahiro Akagawa 著作:赤川 仁洋

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*亜木冬彦&赤川仁洋の作品集が文華別館に収録されています。


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