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 1月の半ばになって、猛烈な寒波がやってきている。広島の北海道と呼ばれている山間のわがふるさとは、すっかり雪景色だ。最高気温が氷点下を切る日が続いている。石油ストーブは、灯油を買ったり充填するのが面 倒なので、今年は厚着と電気ストーブでしのごうと思っていたのだが、断念した。体に良くないからと、電気毛布も使っていなかったのだが、寒くて眠れないので復活している。結局、例年通 りである。
 去年の11月いっぱいで介護休暇が切れて、そのまま退職する予定が、いろいろあって、週3日ほどのペースで復職することになった。しかし、つくづく自分は勤め人には向いていないと思う。この世の中、好きで働いている人はたぶん少数派で、日々の糧を得るために仕方なく自分の時間を切り売りしている人の方が大多数であろうとは認識しているのだが、それでも自分はナマケモノだと思う。理想は“ご隠居さん”だが、若い頃に年金の支払いをかなりさぼっているので、まだまだ先の遠い夢である。
「正月は、嫌いだったよ」
 寝たきりの母親がぼそりと言った。自分で家事をするようになって、そうした主婦の気持がよくわかる。年末年始は、みんなが休んでいる分、家の仕事が多いのである。大掃除などという面 倒なことは端からする気はないが、やはり大晦日は年越しそば、正月には雑煮を作らねばなるまい。みんな、それが当然だと思っている。
 年越しそばは、いつも作っているうどんの代わりにそばを茹でればいいだけだが、雑煮は難問である。うちの地方では、雑煮にブリとハマグリを入れる。それが、独特の風味を加えている。だから、余計に味加減が難しい。今年は、材料をケチってしまったのが原因か、惨敗だった。ブリは養殖モノで、ハマグリは中国産、舌の感覚がなくなるまで粘って味を整えたが、ひどくなるばかりだ。風味が足りないからと、スルメを入れ、さらにブリを足して煮込んでみたが、悪循環で生臭さが増すばかり。食べ終えたあとまで臭気が鼻先にただよって、気持が悪くなる始末。これなら、うどんの汁に餅を入れた方がよっぽどマシである。落ち込んだ……。
 手間をかけただけ、料理がおいしくなるとは限らない。おいしくできて当たり前、感謝されることもなく、黙々と家事をこなさなくてはならない主婦の鬱屈が、痛いほどに理解できる。日本の、いや、世界の主婦(主夫)のみなさんに「ありがとう」、そして「がんばってください」。
 
 正月には、東京の友人が訪ねて来てくれた。「風に吹かれて(8)」 に登場する雀友のTさん、もう70歳をいくつか超えていると思うのだが、青春18きっぷを使って気ままな一人旅を楽しんでいる。京都での観光を満喫したあとで、わたしの実家まで足をのばしてくれた。元旦に泊まったサウナでは、無料の升酒が出たと、愉快そうに話してくれた。
 岩手から単身、上京して、裸一貫、いや、お母さんの看病で多額の借金を抱えていたというから、マイナスからのスタートか。建設業界で成功して、確かな地歩を築いた方だが、今は現場からリタイヤして、自由な時間を謳歌している。会うのは、わたしが東京の小金井に住んでいたとき以来だから、6年ぶりぐらい。短髪だった髪の毛を剃り上げている以外、雰囲気はあまり変わっていない。しかし、6年の間にはいろんなことがあったようだ。
 建設現場の怪我で脊椎を損傷、成功率がヒフティヒフティだというリスクの高い手術を受けて、長らく入院していたこともあったという。手術は成功して退院後、病院でお世話になった恩返しにと、介護の仕事に就くためにヘルパーの資格を取得したというから、パワフルだ。残念ながら、Tさんの年齢がネックになって、介護関係の職は得られていないのだが。
 Tさんと麻雀をしていて、驚かされたのはそのタフネスぶりだった。若い頃から体を張って仕事をしてきたからだろうか。毎日の睡眠時間は、3時間あれば充分だそうで、徹夜も平気らしい。青春18きっぷの夜行列車も、寝ないで本を読んで過ごしたという。医者から胃ガンを宣告されたときも、平然と麻雀牌を握っていた。いつの間にか、ガンの方が逃げ出してしまったようで、Tさんは今でも健在である。
 Tさんは3日の夜に泊まって、4日の早朝にはまた旅人に戻って、風のように立ち去った。わたしの家で口にしたのは、水道水の水、一杯だけだった。肥らないように、旅先ではあまり食べないことにしているという。好奇心が旺盛で、人見知りのわたしと違って、Tさんは旅に出るたびに友人をたくさん増やしている。旅先の飲み屋で知り合った大学生と意気投合、ぜひ自分の父親に会ってほしいと請われて、尾道の因島まで出向いたこともあるそうだ。これから山陽本線に戻って、九州まで足をのばしてみるつもりだと話していた。
 青春18きっぷとは、良い名前をつけたものだ。年齢は関係ない。わたしもいつの日にか、また“青春”を楽しみたいと願っている。
   


Copyright(c):Masahiro Akagawa 著作:赤川 仁洋

◆ 「風に吹かれて(17)」の感想 (掲示板)
合い言葉は「ゆうやけ」

*亜木冬彦&赤川仁洋の作品集が文華別館に収録されています。


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