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 今月は、どら書房のことを書きましょうか。といいつつ、ちょっと小噺を。

 小学四年の孫が岡山から一人で遊びにきた。去年、ひいばあちゃんの葬式に来られなかった孫は、帰り際「おじいちゃんが死んだときは、絶対来るからね」と約束していった。 (埼玉県飯能市・生きてるときに来ておくれ・67歳)

 これは、朝日新聞の読者の投稿で、切り抜きなので日付は不明だが、かなり黄ばんでいるので相当昔に掲載されたものだろう。いろんな記事や情報をファイルしている店の常連さんがいて、その方に見せてもらった。塩味の効いたユーモアに、大いに笑わせてもらった。
 天寿をまっとうすれば、こうした明るい死が迎えられるだろうか。 古本屋を営んでいると、本だけではなく、いろんな人物やさまざまな情報に接することになる。底なし沼のようなネットのデータではなく、生身の人間同士の交遊なので、消化不良を起こすこともない。
 先日は、ユニークな人が来訪した。大きな荷物を背負っていたので、「ヒッチハイクですか?」と声をかけた。「いえ、歩いているんです」との答え。「バックパッカーというやつですか?」、わたしの再度の問いかけに、彼は困惑したような顔をした。まだ20代だろうか。よく日に焼けて無精ひげは生えているが、体形はスリムでなかなかのイケメンである。
「コーヒーでも飲んでいきませんか」
 彼はホッとしたような顔をして、でかいリュックを担いで、どら書房の漫画ルームに運び込んだ。ちょうと日曜日で、商店街の店はほとんど休んでいる。もっとも、生き残っている店舗も数えるほどしかないのだが。古本に興味のない人でも、こうしてどら書房に漂着することになる。
 話をじっくり聞いてみると、彼は正真正銘、「歩く人」だった。実家のある神奈川県からずっと歩いているという。四国を経由して来たようで、愛媛の今治市から6つの島を巡るしまなみ海道の橋も歩いて渡り、広島の尾道市まで出た。途中、どこかの島で何か月か農家の手伝いをしていたというから、急ぐ旅でもないのだろう。
 最近流行りの「自分探し」というやつかな、内心、いくばくかの反発を覚えながらそう思った。なんだか他人任せのようで共感できない。目的もなく、ただ旅に出ただけで何かを得ることができるとは思えない。犬も歩けば棒に当たるというやつか。
 しかし、彼の旅にはちゃんとした目的があった。カナダで家具を組み立てる仕事をしていたようで、そこで日本の伝統家具に出会って、日本の職人の精緻な技術に驚嘆。自分は日本人なのに、日本のことを知らなすぎると痛感、日本を体感するために、歩き旅に出たという。記憶を思い起こして書いているので、細かい間違はあるかもしれないが、概略は合っていると思う。
 線路に沿って歩くのが好きなようで、今は芸備線の沿線を旅している。万年赤字のローカル線なので、無人駅が多く、一晩の宿に利用させてもらうことも多いのだという。パンパンに膨れたリュックの中には、テントや寝袋も入っている。最終の目的地は九州なのだそうで、何か当てがあるような口ぶりだった。家具職人として修業させてもらえる工房のようなものがあるおだろうか。
 店をあとにする前に、「何かお薦めの本はありますか」と訊かれたので、以前に「県北どらくろあ」で紹介した「無人島に生きる十六人」を手渡した。荷物にならない薄い文庫本である。プレゼントすると言ったが、どうしても支払うというのでありがたく代金をいただいた。
 おみやげに、大きな夏蜜柑もどき(混合種で名称不明)と玄米の入った小袋をあげた。玄米を炊いてそのまま食べるのが好物らしい。栄養的にもベターである。
 もう一か月ぐらい前のことで、彼は今、どのあたりを歩いているだろうか。それとも、九州の目的地に到着しているだろうか。
 どら書房のことではもう一つ、報告することがある。ついにネット販売デビューをしてしまった。いつものように古本の相場を調べるために、アマゾンのサイトを訪問していた。本の販売店が列記してある上部に「販売するものをお持ちですか?」という一文が目に入った。販売という文字がリンクされていて、クリックすると販売する本のデータ入力画面が表示された。販売者登録すると、誰でも本が販売できるシステムになっている。古物商の免許うんぬんの確認はなかったので、形としては、アマゾンに販売を委託するということなのだろうか。
 本が売れれば、一冊につき百円の出品料と、販売価格の15%の手数料が発生する。送料は一律257円とアマゾンが決めている。実際にかかる送料が80円でも、千円でも257円。購入者負担で、それはそのまま業者の口座に振り込まれる。これでようやく、1円本のカラクリが理解できた。
 販売登録には「大口出品登録」と「小口出品登録」があって、大口の場合は月額で4,900円の出品料をアマゾンに支払うが、販売時の一個あたりの百円の出品料は免除される。販売手数料が15%なのは小口出品者と同じ。つまり1円の本が売れれば、アマゾンに15銭の販売手数料が引かれるので、送料を合わせて257円85銭が販売者の口座に振り込まれることになる。
 実際にかかった送料が百円だとすると、差額の157円85銭が利益となる。その送料も、配送業者と大口の契約をすれば相当に安くなるので、利益はさらに増えるはず。大量に販売すれば、かなりの額になる。これが1円本のカラクリである。
 どら書房は零細業者なのでもちろん「小口出品登録」で、値段の高い本を中心にポチポチと販売登録している。プロフィルに「広島県北の地で個人で営んでいる古本屋です。本と読者の幸せな出会いを願って、誠意を持って対応させていただきます。」と記した。
 今年から、週休2日制にしたが、在庫の整理ができる余裕ができて、少しづつ前に進んでいることを実感できている。ネット販売にも進出できて、また一歩前進。まだまだ先は長いが、視界は良好である。


Copyright(c):Masahiro Akagawa 著作:赤川 仁洋

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*亜木冬彦&赤川仁洋の作品集が文華別館に収録されています。


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