亜木冬彦&赤川仁洋 作品集表紙に戻る

※10年ほど前に友人のHPに書いたエッセイを改稿&再編集しました。



 出無精なくせに、けっこう旅行は好きなんですよ。矛盾しているようだけど、どちらも本当のことだから仕方がない。
 旅行雑誌でも読みながら、あれこれ頭の中で日程を組んでいるときが、いちばん楽しい。大概は空想だけで終わるけど、たまに心にコチンと余韻が残ることがある。「ああ、いいな、行ってみたいな」、そういう気持が、心のどこかで燻っている。
 本当の旅好きなら、すぐにでも腰を上げるんでしょうが、そこはやっぱり、根が出無精に出来てるんですね。心の半分では、「めんどくせえな」という気持が占めている。だから、しばらくうっちゃっておく。そのまま熱気が冷めてしまえば、それまでのこと。「やっぱり行ってみようか」と思えば、ようやく重い腰を上げることになる。

 何年か前のこと。図書館で借りた旅行雑誌を読んでたら、ある旅館の小さな広告が目に止まった。一泊4,500円、しかも2食付き。安い、安すぎる。辺鄙な場所だったら、そうだよなと納得するんだけど、京都の清水寺のそば。そう、あの「清水の舞台から飛び降りる……」の清水寺。観光地のメッカで、一泊4,500円、くどいようだけど2食付き。銀座の老舗の料亭で、450円の定食を出しているようなものじゃないの。食べてみたいでしょ?
 俄然、どんな旅館だろうかと興味を持った。きっと、メシはひどいんだろうな。建物も、廃屋のようなものかいな。いやいや、大手の旅行雑誌に広告を出すぐらいだから、ちゃんとした宿屋だと思うな。頭の中で円卓会議、あれこれと空想めいた思いが広がった。
 この目で確かめてみたい――、ふと、そう思った。アホらしい、安宿に泊まるためにわざわざ京都まで出掛けるなんて……。いや、年末に帰省するときに立ち寄れば、京都見物もできるじゃないか。もう、観光なんて二の次になっている。ちなみに、私の故郷は広島です。広島駅から芸備線の急行で、さらに2時間、かかりますが。
 いつものように、しばらく時間を置くことにした。単なる気まぐれで、すぐに忘れてしまうだろうと気軽に考えていた。しかし、いつまでも妙に心に引っ掛かっている。でも、どうしても行ってみたいという気持でもないんです。
 とりあえず、宿に電話をかけてみることにした。年末なので、とても空室はないと思った。断られれば、それで気持もすっきりする。しかし、間の悪いことに、部屋のアキがあるという。
「ああ、そうですか……、それで料金は?」
 4,500円という答えが返ってきた。
「えーと、2食、ついてるんですよね」
 キッパリした声で、そうですという返事。広告に偽りなし、こうなったら出掛けるしかないじゃないの。

 年末になり、東京から新幹線に乗って、京都で降りた。清水寺近辺を散策して、いよいよ問題の宿屋に向かった。うちの奥さんは、生まれて初めての京都旅行に、無邪気にはしゃいでいる。
 三年坂の石段を降りて、少し歩いた所に、旅館の看板が出ていた。その看板の指示通 りに、専用の通用口から路地に入った。両壁に挟まれるように、通路が奥へと続いている。途中、錆びた自転車やガラクタが積み上げられていて、狭い通 路をさらに息苦しいものにしている。突き当たりに、盆栽をちょっとばかし大きくしたような庭があり、旅館のちんまりした玄関があった。
(なんだ、ちゃんとした建物じゃないの)
 かなり古びているが、普通の旅館の佇(たたず)まいだ。格子戸をカラカラとすべらせて、玄関の中に入ると、不思議な芳香に包まれた。お香の匂いだということに気づいた。 下駄箱の上の香炉から、煙りがゆらめいている。
(こりゃ、意外とまともな宿屋かもしれないな)
 案内を請うと、主婦然とした四十絡みの女将が姿を表した。案内されるままに、薄暗い廊下を奥に進んだ。私たちの部屋は、二階にあった。
 部屋に入ってすぐに目に飛び込んできたのは、駱駝(らくだ)のももひきだった。 窓の外の物干し竿に、使い込んだ駱駝のももひきが干してある。
(ああ、やっぱり……)
 4,500円の宿なのだ。しかも2食付き(しつこいなー)。駱駝のももひきぐらいじゃ、まだまだ。
 しかし、うちの奥さんは、十分に驚いているようだった。しばらく唖然と、部屋の中の様子を眺めていた。畳はこんがりとウェルダン。ろくに掃除をしていないのか、あちこちに髪の毛が落ちている。中にはパーマネントウェーブのかかった剛毛なんかもあって……。とても、靴下を脱ぐ気になれなかった。
 コタツの布団は端が擦り切れていて、まるでレースのように中の綿が透けている。 そして、駱駝のももひき。カーテンがないので、隠すことができない。まさか、カ ーテンの替わりに駱駝のももひきをぶら下げているのではないだろうが……。それにしても、いったい誰のももひきなのだろう。
 しばらくすると、隣りの部屋から話し声が聞こえてきた。まるでベニヤで仕切られているように、はっきりと聞こえた。だが、意味がわからない。語尾を羽根突きのようにポンポン撥ね上げる発音は、中国語だろうか。
 不安そうな顔をしている奥さんを部屋に残して、一階にあるトイレに向かった。先客がいた。しばらく待っていると、彫りの深い顔が個室から現れた。インドの人だろうか。ほっとしたような笑みを浮かべている。生理的な欲求を満たした後の穏やかな顔は、万国共通 なのだと納得。
 トイレの帰りには、金髪のご一行と擦れ違った。なんだか、日本にいるような気がしない。これも円高の影響なのか。5,000円足らずの宿代は、外国の旅行客にとっては、それでも高いと感じているのではないか。
 部屋でコタツにあたりながら、隣人の中国語を聞いていると、自分たち夫婦の方が異邦人に思えてくる。実際、その日の宿泊客の中で、私たちの他に日本人はいないようだった。気分は外国旅行だ。するとあの駱駝のももひきは、外人客向けのインテリア……、なわけはないか。真っ赤な腰巻きでも干していれば、日本文化の紹介にもなるんだろうけど。

 部屋でぼんやりしていると、女将がお風呂の都合を訊きに来た。もう、用意ができているという。少し迷ったが、どうせだからと入ることにした。旅の垢を洗い流したいという気持よりも、この宿の風呂場がどうなっているのか、見てみたいと思った。
 女将に案内された風呂場は、とても狭かった。ホテルのユニットバス程度のスペースしかない。浴槽にはお湯が張られていて、すでに先客が利用したのか、髪の毛混じりの垢がぷかぷか浮かんでいた。手を浸けると、ひどくぬ るい。
 すでに裸になっているので、浴槽のお湯を張り替える余裕はなかった。仕方がないから、シャワーだけで我慢することにした。
 ノズルを捻って、悲鳴を上げた。いきなり冷水が降ってきた。あわててスイッチを確認したが、ちゃんとお湯のところにセットしている。再び怖々とノズルを捻ると、やはり凍てつくばかりの水が降ってくる。冬の京都は寒い。氷雨の中に、裸で飛び出したようなものだ。
 目の前には、垢の浮かんだ浴槽。人類はみな兄弟、えい、ままよ、とばかりに、お湯の中に足を踏み入れた。目を閉じて、体をお湯に浸した。どうにか体は温まったが、世界中のバイ菌が入っている培養液に浸かっているようで、心がぶるぶる震えていた。

 さて、肝心の食事ですが、幕の内弁当風のお膳で、とてもおいしかった。この味だったら、外人さんも満足してくれたんじゃないかな。そう思うと、日本の面 目が保てたような気がしてほっとした。やっぱり、日本人なんですねえ(しみじみ)。
 でも本当は、大根飯でも出てくるんじゃないかと、期待していたんだけどな。


Copyright(c):Masahiro Akagawa 著作:赤川 仁洋


◆ 「駱駝のももひき」の感想
(掲示板)
合い言葉は「ゆうやけ」

*亜木冬彦&赤川仁洋の作品集が文華別館に収録されています。


亜木冬彦&赤川仁洋 作品集表紙に戻る