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「 ねえ、うちは車を買わないの? 」
「 遠足で乗ったバスが楽しかったな〜。」

小学生になったお兄ちゃんが、ねだっているよ?

ブーン、ブーン、と言いながら、ハンドルを掴んで運転の真似をして面白がっていたけれど、
展示会場の試乗者じゃ、もうつまんないよ、ですって。ま? 生意気ね!
でも、それが嬉しい子供の成長かしら。

「 お兄ちゃんと一緒に運転するんだあ 」って、お姉ちゃんが言った時には、思わずびっくりしちゃったけれど、
『 車は二人で一緒には操作出来ないのよ? 』って、心の中で呟いたけれど、
そんな論理は子供にとってはどうでもいいことね。
楽しさがいっぱい詰まった乗り物。
自由な夢がいっぱい詰まった乗り物。

パパとママ? 車を買ったら、日曜日にディズニーランドへ行こうよ!
片道2時間のドライブをしようよ!
お弁当を持ってミッキーに会いに行こうよ!
『 え? ディズニーランドはお弁当持って行っちゃいけないのよ? 』
「 あ、そうか。でも、プーさんのハニーハントで、ポップコーン食べようね!」

数日後、ある春の目覚めの良い土曜日の午前中。
パパを訪ねてトヨタのおじさんが家に来た。背広を着た愛想のいいおじさんがやって来た。ながっ細い車に乗ってやって来た。
ハイエース・ワゴンって言う新しい仲間です。キャンプへ行ったり、野球をやったりサッカーをやったり、どんな時でもまっかせなさい!!
僕がフル稼働してこいつを動かしますよ!
パパはどうやら、僕が運動している心臓の音が気に入って、僕を選んだみたいです。
弟妹が増えても、こいつなら大丈夫だな・・・とも言っていたよ?

次の朝、ニンマリと、薄っすら笑みを浮かべたパパが、宝物を触る様に、落ち着いてドアを開けました。

キュインキュインキュインキュイン、グオン――ッ、、ブルブルブルブル、、、、
さあ! 子供達の思いを乗せて、僕が車を走らせるよ!
湾岸道路を一直線に、スピードアップで僕が車を走らせるよ!
チラッと見え隠れして来たとんがり帽子に向かって、僕が車を走らせるよ!

そしてまた、新しい一日が始まりました・・・・

顔を洗ってスッキリして、まずは玄関の向こうのポストで待っている、新聞をパパの為に取りに行きましょう。
せかせかした朝のひと時。
一面トップと、裏返しに折り畳んで、高支持率の政治の記事にザッと目を通して、パパは会社に行きました。
さてと、家事が一通り終わったママは、パパが読み終わった新聞を片手にコーヒーを一杯。
勿論、いつものお決まりの事さ。
毎朝の日課のチラシの選別です。
当然目当ては今日のお買い得品!
『 何があるかしら?』と、TVで見かけたZの法則で、スーパー、デパートのチラシを細かくチェ―ック!
『 お? めーっけ!』と、見つけた卵とグリーンアスパラガスを目がけて駅前のデパートへ出動します。
サービスタイムのPM3:00。我が家の愛車が活躍する。
近所へちょっとお買い物・・・には、少し車体がおっきいかな?・・・・まぁ、いっか。

ママの楽しみを乗せた我が家の乗り物。
ルンルン気分を誘い出すたのもしい乗り物。
楽しそうなママを見ていると嬉しくなる我が家の相棒。
その日の晩御飯の、アスパラのベーコン巻きは美味しかったな。

パパが、ちょっぴりお疲れの様子です。

毎日毎日くたくたで、上司に酷く怒られて、頑張り屋さんのパパも、たまには溜息をついています。
帰って来ると、キッチンのイスに座り込んで、ネクタイを左右にクシャクシャと緩めて、肩を落として、時折頭をうな垂れて、静かにビールを飲んでいます。
そんな時、物言わぬはずの僕は、パパの頭の中で、パパに話しかけるんです。
・・・そんなに根を詰めないで。いつもガンバッテル働き者のパパだから、頭の中を切り替えて、ケセラセラで行きましょう・・・
あんまり頑張り過ぎて、オーバーヒートしちゃったら、僕もこいつを動かせなくなっちゃうから。
走り過ぎて、事故を起こしたりしちゃったら、幸せがお預けになっちゃいます。
どんなに周りに期待されても、自分のエンジンが壊れていて、車を動かせずに、期待に応えられない方が、とっても辛い事だから。

ちょうど僕も少し疲れてきた頃だから、僕と一緒に気分転換でもしましょうよ?

パパにつき合って疲れをほぐす我が家の乗り物。
家族の営みを傍で支えるやさしい乗り物。
また出掛ける休日を楽しみにさせる、パワーを取り戻させてくれる乗り物。
一休みした後に、パパのプライドを再び満たしてくれる我が家の乗り物。

新しい仲間がやって来て、歩けば柔らかく顔を撫でていく風の中を、爽快に走る日々を過ごし、
すっかり一員になった我が家の仲間も、ジメジメとしたちょっぴり憂鬱な季節を越えて、そろそろ暑い日ざしを迎えます。

元気を取り戻したパパが笑顔で、ママとお兄ちゃんとお姉ちゃんに言うよ?
「 よし、今度の日曜日にまたお出掛けしようか?」
「 どこに行くの?」
「 そうだなぁ〜・・・、今度はお台場の観覧車に乗りに行こうか!」

燃料タンクはレギュラー満タンで、法定速度をとりあえず守って、見覚えのある湾岸道路を、パパがアクセル踏み込んで行くよ。
ママとお兄ちゃんとお姉ちゃんの夢を乗せて、僕が車を走らせるよ。
我が家の潤滑油を演出する、僕が車を走らせるよ。
ワクワクした気分をいっぱい乗せて、僕が車を走らせるよ!!

Copyright(c): Yutaka Araki 著作:新木 結太佳

◆「engine」の感想

*新木結太佳さんの作品集が 文華別館 に収録されています。《文華堂店主》


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