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 ある日、うちの母が、我が家の自転車置き場の奥の角に、生後まだ間もない子猫がいるのを見つけました。
 二匹居たそうです。
 初め聞いたときは、あまり気にもならず、ひとごと、よそのうちの出来事の様な気がしていました。
 誰かさんが置き捨てていったのか、親猫が産み捨てていったのか、はたまた親猫が銜えて持って来て、置き逃げしていったのか、定かではありませんが。
 こういうものは、下手に触らず、余計にいじくり回さない方が良いと思い、野生や野良の生き物は、人の手に邪魔されない様な、世間の片隅にテリトリーを作り、人様のおこぼれを見つけて勝手に生きて行くのではないか・・・と無意識に思って、初日は黙って放っておきました。

 二日目。
 うちの親が、二匹の内の片方が、跡形も無く姿を消していることに気付きました。
 死んでしまったのなら、死骸がその辺にあるのが自然なのですが、周りを見ても見当たりません。
 どこかへ消えてしまったという言い方が相応しい様子。
 親猫が来て、連れて帰ったのかな・・・。ちょっと不思議なことでしたが。
 でも、何でうちの親は、いちいち私に事あるごとに、言うんだろうか。『 面倒見てやんなくていいのか? 』とも言いたげな。
 特に意図は無く、たまたま話題を持ち掛けてるだけだとは思いましたが。
 そして、私も急に気を向けて、「 どんなだろう・・・? 」と思い、見に行ってみました。
 片手で簡単に掴めるほどの、手の平サイズの猫でした。まだ目も開けられない離乳していない子猫でした。
 その場は何となく、「 ふ〜ん・・・」と思っただけで、そのままにしておきました。
 しかし、ふと思い出してみると、親猫らしき姿がその子猫のところに来ている様子も、お乳を与えに来ている気配も無く、置き去りのままです。
 親猫も、もし私達が気付かぬうちに、産み逃げしていたのだとしたら、我が家の自転車置き場が、手入れ不足で草がけっこう茂っていて、子供のベッドには丁度良かったんだろうなぁ、と。
 でも、そのまま放置しておいても、親が来なけりゃ栄養を摂取出来ずに、そのまま死んでいくだけです。
 ちょっとだけ迷いましたが、見殺しにするわけにもいかず、飼うわけにもいきませんが、一時保護しようと、まずは温めた牛乳を小さいスプーンで掬って飲ませました。
 飲み込んでくれてるかが良く分からず、十回くらい与えました。
 しばらく何も口にしていない状態で急に沢山やる事も出来ないので、少し様子を見てみました。
 気温は30度前後を記録する季節ですので、保温を心配する必要が無いだけ安心でした。
 こういう場合、元居た場所から動かせないので、枯れ草の上にまた無造作に放置させておくのがちょっとかわいそうな気もしましたが。
 そして、約4時間後、午後10時。二度目の牛乳を与えてその日を終えました。

 三日目・・・
 取り敢えず、まだ生きてます。
 牛乳を与えた後、思いつくことをあれこれ考えて、保護してくれる先、里親を探す手段をあちこち探します。
 うちでは経済的にも家族の生活のリズム的にも飼う事が出来ず、また父親が猫には若干アレルギー気味で、保護したからと言って、いつ黙って捨てられてしまうか心配がありました。
 幸いにも、我が家の目の前が獣医さんで、また他の機関からも色々情報を聞きました。
 温めても、牛乳では下痢をしてしまうと聞き、また、溜まって来たら垂れ流して排泄するのかと勝手に思っていたら、幼猫は、お尻を撫でて刺激してやらないと、排泄出来ず、最悪は死んでしまうとも聞き、慌ててオシッコとウンチをさせました。
 猫用の粉ミルクを買って来て、適温のお湯に溶かしてスポイトで飲ませます。
 鳴き声で排便を要求しているのだろうと勝手に理解して、その面倒を見ているときと、定時間的にこれまた勝手に餌をあげます。
 その二つをしている時以外は、全く暢気に体を丸くして寝ているだけ。
「オマエのお母さんは、どこにいるんだよっ・・・? 」
 いつどこから親猫が迎えに来るかも分からないので、用意した小さなダンボールに蓋はしないで、じっと親猫がやって来るのを待つのも同時進行です。
 親猫の見当は半分ついていました。時々うちの周りを散歩している猫です。でも、それは飼われているものじゃないそうなので、聞きに行く訳にもいかず、ただ待つだけ。

 四日目・・・・
 四時間おきの餌と、排泄を気にしながらも、本当にたまたま親猫が来てくれるのをまだか、まだか、と待っていました。
 幸いにも、猫の場合は虫に刺されても心配はいらないそうで、放っておいても平気だそうです。
 が、タイミング良く鳴いてくれないと、親猫も気付かないそうなので、本当に運任せです。
 猫は夜行性なので、夜中に徘徊して来て、子猫を見つけて銜えて帰るかもしれないので、僅かな望みに頼る思いに、だんだんなって来ました。
 そうした中で、時折思っていたのは、餌をあげている時に、体を掴んで与えるのですが、体が温かくないんです。
 温かくも冷たくもない手触り。これでいいのかなぁ・・・という疑問がにわかにあったのですが。
 特に、朝最初の餌の時には、少し心配にはなっていた事でしたが。
 この日、購読している新聞の折込広告に、里親急募の情報掲載を申し込み、猫雑誌に幾つか引き取り手の募集情報掲載を申し込みしました。
 2、3日、その猫を見ていたのに、それが三毛猫だと言う事を、獣医さんにオスメスの区別を聞きに行くまでは、慌てていて気がつかなかった私でした。三毛猫は、オスは出ないのだそうですね。
 そこまでは、良かったのだけれど。

  親猫が居れば、ウンチやオシッコは、子猫のお尻を親猫が舐めて始末してあげるのだそうですが。
 ここでまた、私は馬鹿な思い込みをしてしまうんです。
 猫だって生き物なのだから、寝るはず。
 夜行性とは言うものの、夜中じゅう起きて動いている訳ではないのだろうと思い、23時、24時、25時と、チラチラと様子を見ましたが、ウンともスンとも聞こえず、どうやら寝入っている様子でした。
 大丈夫だろうと思って、私も寝たのですが・・・。
 翌朝6時。
 苦しそうに? 辛そうに?、ミャ―ミャ―とかすれた様な大きな鳴き声が、部屋の中まで聞こえてきました。この三日間で、一番大きな鳴き声でした。
 気になってまともに眠れもせず、私は慌てて自転車置き場に行き、まず真っ先に、排泄を促しました。
 入れるより出す方が先だろうと。
 でも、全然出て来ません。ダンボールの中で、必死で足をもがかせて、開いていない目でどこか目的地を探す様に、歩こうとしていました。
 かなりお腹がすいてしまったんだな、と思って、急いで粉ミルクを作って飲ませましたが、弱っている所為か、うまく飲み込めません。
 それでも半ば強引に、十回、十数回飲ませます。
 そして、計算外だったのは、真夏ほどの日中の暑さとは言え、夜中を過ぎて早朝の気温は結構肌寒いもので、これは子猫にはちょっときつく、その体にかなり堪えていた様です。
 昨日までの動きとは明らかに違いました。
 粉ミルクを飲ませて、ダンボールに戻し、冬の間に買い溜めしていた使い捨てカイロをタオルに包んで子猫の体を温めました。
 触ってみても、体温を感じないくらいで、むしろ、つめたいくらいでした。
 いつも、夜になって、もうそろそろ寝るか・・・という時間になると、明日起きたらまだ生きてるかな、子猫の生命力と、運に任せるしかないか・・・と、言い聞かせていました。
 そして、そんな子猫の生命力なんて、とてもちっぽけで儚いものだと知る時が来ました。
 一時間後、二時間後と、自転車置き場へ様子を見に行きます。
 満腹になって動きもせずに、お腹で呼吸をして寝ているのか。ひとまず勝手な安心をした私でしたが、持ち直すのであれば、午前中が山じゃないかと思って、また、三時間後、様子を見に行ったときです。
 寝ているのか? と思ってお腹を見ていても、膨縮していません。
 思わず「・・・おい?・・・」と言って、体を撫でて、手にとって揺さぶってみましたが、時既に遅し。鳴き声を発する事も、動く事もありませんでした。
 まだ開いていなかったその目がパッチリと開いて、外に広がる世界を見回す事はありませんでした。
 一瞬、本当に死んだのか、急な出来事で把握する事が出来ず、亡き骸のオデコをこずいたり撫でたり、足を軽く叩いてみたり。
 せめて、我が家の狭い庭に埋めてやろうと、ショベルで20cmほどの穴を掘り、粉ミルクの粉末を口元に添えてやって、土をかぶせてその上から作ったミルクの残りを流しました。
 穴を掘っている時、どうしようもない感情になって来ました。
 一回、一回と掘って、だんだん穴が深くなっていくと、次第に悲しくなってきました。
 ここに埋めてしまうんだ。もう起き上がってくることはないんだ、と思うと、意思の疎通なんか出来ないんだけど、かわいそうになってきて。
 ごめんな・・・、ごめんな・・・、
 救ってやれなくて、助けてやれなくてごめんな、力及ばずに、育ててやれなくてごめんな、ごめんな・・・。
 そして、線香を二本、点けてやり、労わるつもりで最後に二、三度お祈りしました。
 もう二度と、鳴き声を発することも、目を開ける事もないけれど、ゆっくり安らかにうちの庭で眠っていなさい・・・。
 頬を一滴、二滴、三滴と、涙が伝い、徐々に顔が濡れていきました。
 生後まだ一週間くらいだったのかなぁ〜・・・。
せっかく生まれて来たのに。親から命をもらって来たのに。まともに寿命も果たせずに、僅かな時間で去らなきゃならないんだもんなぁ・・・。
 私の所為じゃ、ないんだけれど、か弱い子猫の生の幕が閉じた姿が胸に刺さって、久しく感じることがなかった、辛い気持ちになりました。
 猫を飼う予定はなく、他に動物を飼う予定もなく、だから当然、犬猫の稚児の飼い方の知識なんかなく、普段から本などで勉強などしているはずがなく、突然降って湧いてきて、混乱に陥り、突然去って行ってしまった様な出来事。
 私の失業中に、ちょっと荒んだ心を潤してくれた様です。
 何かの縁で・・・なんて、ちょっと聞けば綺麗に聞こえる修飾の仕方で片付けられないことだけど、うちの自転車置き場に置いてきぼりになったのかな。そう考えるのがいいのかな。
 栄養摂取の所為か、排泄の所為か、体温保持の所為か、死んでしまった原因は、はっきりは分かりませんが。

 今も時々、親猫らしき猫が、我が家を巡回して来て、ミャ―、ミャ―と、呼びかける様に鳴いているのですが。
 もしそれが親猫で、子供を捜しているのなら、「 遅いんだよ。」という心境です。
 しかし、当たり前ですけど私は人間で、人間社会、現実社会で生きており、その賞味四日間の間にも、メディアの報道からは、幼児虐待、育児放棄、遺棄致死・・・の情報が幾つか流れてきました。
 それが、今回の子猫と重なり、人間の世界も動物の世界も同じなのかな、と少し思いました。
 ただ、本当に親猫が捜しに廻って来ていたなら、かえって余計な手出しをしてしまって、命を落とす事になってしまったのです。
 たまたま運良く鳴いてくれなければ、深さ15cmほどのダンボールに入っていて、捜しに来た親猫の視界からは見えないはずでしたから。
 身に付いた教訓は、大した知識も経験も無ければ、下手に手を出してもおよそ必ず失敗する。墓穴を掘るだけだな・・・と。
 半ば見捨てる様な親には返せない、任せられないという思いからでしたが、『 子供は親のもとにいるのがいいんだ 』という私の母が言った言葉が、今思うと、後悔です。
 名前も無っかた、子猫ちゃん、たった四日間の縁だったけれど、ゆっくりと、おやすみなさい。

(この作品は、以前、ある新聞社系列の文芸サイトに読者投稿して選考されて、掲載していただいたものです。初夏の出来事を描いている作品なので、読み心地に季節感のズレがあると思いますが、ご容赦ください。─新木 結太佳─


Copyright(c):
Yutaka Araki 著作:新木 結太佳


◆「Four days's diary」の感想

*新木結太佳さんの作品集が 文華別館 に収録されています。


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