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繊細で思いやりのある、笑顔の愛らしい一人の少女がいます。
二つの幸せを結びつける、こころの花。
将来、巡り会うであろう、心を誓い合える人との幸福を願って・・・。
そんな思いを込めて、彼女は二結花と名付けられました。

名付け親は、お父さんです。
やさしくて、たのもしい、何よりもお母さんを愛して大事にする、包容力のあるお父さんでした。
二結花ちゃんの近くには、同い年の恭平君がいました。
家族ぐるみの付き合いで、生まれたのは、恭平君が半年先。二結花ちゃんより半年お兄ちゃんで、同じ団地に住んでいる、いわゆる幼馴染でした。
もの心ついて、おんなじ幼稚園に行く様になり、時には男の子に混じって二結花ちゃんも一緒に遊んでいました。
サッカーボールを蹴って遊んでいたり、公園のジャングルジムで、てっぺんに上ってオテンバな女の子でした。

梅雨明けが宣言され、夏休みの夜。
二結花ちゃんと恭平君は、お母さんと一緒に、公園の広場で、バケツに水を汲んで、おもちゃ売り場で買った花火をやっていました。
生まれて初めてやる花火に、二人ともはしゃいで、バチバチと鳴る音やモクモクと絡みつく煙に目を染みらせながら、楽しそうな笑顔を見せていました。
そして、線香花火のやり方をお母さんに教えてもらった二結花ちゃんは、この儚さに惹かれて、チリチリチリと音を立てる、丸い炎に見惚れているのでした。

そんな時・・・・
暑い太陽が降り注ぐ、ある日の夕方・・・。
小荷物宅配ドライバーの仕事をしていた二結花のお父さんは、住宅街を通り抜け、次の配達地域に行くべく、一度大通りに出たのでした。
その時です。
交差点を曲がりかかった時、対向車線から一台の車が減速もせずに、ユラ――ッと突っ込んで来ました。
「あっ、ぁああっ!!」

一瞬の出来事で、道路には一面、フロントガラスの破片が散らばっていました。
救急車が呼ばれ、お父さんは病院に運ばれました。
決して見通しが悪いわけでもない交差点。なぜなんだろう・・・・? と、警察に呼ばれたお母さんも思っていました。
原因は、相手の飲酒運転でした。
酔って道路状況の区別が良く分からず、道路交通法違反の車の被害に遭ってしまいました。
「お父さーんっ、お父さーんっ!!」
二結花ちゃんの声が病室全体に響き渡ります。
二結花ちゃんもお母さんも、いっぱい泣きました。お母さんは、涙が涸れるまで一晩中泣いていました。
二結花ちゃんは、泣き疲れて、夜も遅く、寝入ってしまいました。
その夜から、お父さんはもういません。
生まれて来て僅か5年間・・・。これからお父さんといっぱい遊んでもらおうと思っていたのに・・・。
ぼんやりとした記憶ばかりが残されて、これからの人生を生きていかなければならないのです。

小学校に上がると同時に、お兄ちゃん代わりの恭平君が、引っ越して行ってしまいました。
お父さんの仕事の都合で、数年間の期限付きで引っ越したのです。
二結花ちゃんは、お父さんがいなくなり、頼りがいのある恭平君に、お父さんの優しさを期待していたのでしょうか・・・。
『何年か経ったら、また帰って来るんだから・・・』
そう約束して行った恭平君のお母さんでしたが、まだ小さな二結花ちゃんには、ちょっと難しくて、よく分かっていなかったみたいです。

それから9年が経ちました。
いつしか悲しみを乗り越えて、お母さんの言う事を良く聞いて、また、お母さんを支えながら育った二結花は、気立ての良い娘に成長して行きました。
二結花とお母さんは、二結花が子供の頃住んでいた団地を出て、近くの安いハイツに住んでいました。
海がすぐ近くにあって、夏には市が運営する花火祭りが、毎年行われます。
友達同士で、そして時には親子二人で、二結花はその花火祭りを観に行きました。
三日間行われる花火祭りが楽しみで、部屋の窓からも少しは望めるこの景色が二結花は好きでした。

季節は過ぎて・・・。
新しくやって来たその春、お父さんの仕事の都合で引越しして行った恭平君が、帰って来たのです。
高校入学。
二結花との約束を守る為か、恭平君が、同じ高校に入学して来ました。
9年ぶりの再会に、二人とも、すぐにはうまく解け合えず、暫らくはなかなか口を利くことも無かったのでしたが、徐々に言葉を交わす様になり、次第に打ち解けていきました。
控えめな二結花に対して、逞しくなった恭平君は、活発で運動神経もあり、スポーツクラブに入って高校生活を楽しんでいました。
陰ながら声援を送っていた二結花は、恭平君のクラブの試合には、時々応援にも行きました。
小さかった頃の、淡い記憶に後押しされて、二結花にとって、恭平君は憧れの存在となっていきました。

・・・・もうじき、みんな高校を卒業していきます。
楽しかった思い出を詰めて、卒業を間近にした時、思いを伝えられないまま高校生活を終わりにしたくない、このまま、気持ちを伝えずにお別れして、それぞれの道でバラバラになってしまったら、もう会えないかと思った二結花は、恭平君に気持ちを打ち明けました。
二結花の気持ちを受け入れて、二人は恋人同士となり、付き合い始めるのでした。
いつも側で、二結花を見守り続けてきた母親は、そんな二人を静かに喜ばしく思いました。

高校を卒業して、恭平君は大学に、二結花は隣町の会社に就職して、働きながら福祉士の資格を取る勉強をしていました。
付き合い始めて最初の夏。
二結花と恭平君は、やさしい海風の吹く浜に、一緒に花火祭りを観に行きました。
『ボ――ンッ、バ――ンッ。』
『ヒュ―――・・・、ババ――ン!!パンパンパ―――ンッ!!!』
お気に入りの浴衣を着て、恋焦がれていた恭平君と一緒に観ていた花火は、夜空を鮮やかに焼いて、綺麗な彩りに染めていきました。
紺色に広がる画用紙に咲いた向日葵を見てるよう・・・・
今の二結花には、そう思えたのでしょうか・・・・。
花火の綺麗さに見入っていた二結花でしたが、その半分は、恭平君の横顔を写していたようです。
「また来年も、一緒に来ようね・・・?」
『うん。また来年も、一緒に観ような』
そう、・・・・約束したはずだったのに・・・・。

次の春。
波の激しかった、3月のある日の海。
運動神経抜群だったはずの恭平君でしたが・・・。
釣りをしていた岩場で波に攫われて、海に体を引き摺られてしまいました。
幾ら泳ぎも上手な恭平君でも、海の荒さには敵いませんでした。
友達と一緒に来ていたのでしたが、救助隊が駆けつけて助け上げた時には、・・・手遅れでした。
「恭平くーんっ!? 恭平くーんっっ!! 起きてよ――っ!? 恭平く――んっっ!!・・・・・」

まだ二人は、お付き合いをしてたったの一年だったというのに・・・。
恋をしている二人には、一年という時間は、あっという間の、とっても速く感じる時間だったでしょう。
心の優しい、強くて優しい恭平君は、二結花の前からいなくなってしまいました。

二結花の辛さを知らんふりして、時は過ぎ、季節は巡ってきます。
また夏の花火祭りがやってきました。
一途な二結花の、悲しみが醒めない寂しい夏がやってきました。
『バ――ン・・・、ババ――ンッ、ヒュ――・・・、ボ――ン、バババ―――ンッッ!!』
一日目。
あまり気が乗らず、しばらくは部屋から遠く眺めていた二結花でしたが、そのうちに、恭平君と行った浜へ、足を向けるのでした。
もうそろそろ終わるかという頃、二結花は海岸に着き、花火を観た後も浜に残って海を見つめているのでした。
でも、花火を観る為だけに、ここへ来た訳じゃ、ありませんでした。
ここへ来れば、もしかしたら、恭平君がいるかもしれない・・・。
今にもひょっこりと、姿をあらわすかもしれない・・・。
なんて、そんな訳も無いことを、ふと考えていた二結花でした・・・。

そろそろ、夜も遅いころ・・・
月灯りに、二結花の姿が照らされて、ザ・・・、ザ・・・、と当てもなくふらふらと歩いていました。
恭平君・・・・恭平君・・・・と、心の中で言っていた二結花は、立ち止まっては月に映し出されるユラユラとした海面の光の形を見ていました。
その形が、何もかもが、恭平君の顔、肩、後ろ姿に見えてくるのです。
ぼんやりと何かを期待しながらも、虚ろな目をして浜辺を彷徨っていた時でした・・・・
「恭平君・・・? 恭平君?」
でも、何も言い返してきません。
「恭平君? 恭平君っ!・・・」
薄っすらと姿を現した恭平君は、少し笑ったかの様な笑みを浮かべて、ふわ〜っと海の方に動いていきます。
沖に向かって進んでいく恭平君を追って、二結花は水辺に近付いていき、海水に足を浸けていきました。
膝まで水が浸かり、服はどんどん濡れていき、ぼんやりとした恭平君の姿を追う二結花は、海に腰の辺りまで浸かっていきました。
「恭平君っ? 恭平君っっ!?」
誰もいない海でそう叫びながら、二結花は胸まで潜ってしまいました。
と、その時、後片付けついでに寄った数人の男性が、溺れそうになっている二結花を発見しました。
バシャッ、ザバ―ッ、ブハッッ、グブグブグブ・・・・・

『ふゆか・・・、ふゆかちゃん・・・?』
「う・・・、ぅ・・・、ん?」
翌朝、自宅近くの病院で、二結花は目を覚ましました。
『良かった。目を覚まして。危うく海に溺れそうになってるあなたを監視員の方が助けてくれたのよ?』
「え?そぉ・・・。・・・・、お母さん、私、海で恭平君を見たよ?」
『ぇえ?・・・なぁに?』
「恭平君に会って、海の方に向かっていく恭平君を追って行ったの・・・」
『・・・・・。・・・!、そぉ。あなたに会いに来たのかしらね・・・』
「本当だったのかなぁ、本当に恭平君を見たのかなぁ・・・、私。」
『でも、無事で良かった。ひとりぼっちになってしまうのかと思ったわ。お母さんを一人にしないでね。寂しいから・・・。』
「ごめんね、お母さん。」

大した事もなく、その日の夕方、二結花は病室を後にしました。

次の日。
花火祭り、最終日。
ほぼ同じ時間に花火が始まりました。
海への恐怖心は残っていたものの、恭平君と二人で来た海を嫌いにはなれなかった二結花は、祭り会場の近くまで足を運び、離れたところから花火を観ていました。
瑞々しくて熱かった、恋の日々を思いながら。
空高く、天高く、星空を彩る、七色や十二色に咲き乱れる花・・・・
炎を点けられて、鮮やかに散りばめられて、夜空を飾る大きな花・・・・
形はそれぞれ違うけれど、瞳を独り占めにして、ほんの数秒間に命を燃やす、美しい花・・・・
そんな花火に、二結花は、幼い頃に亡くした父親の面影と、恭平君の顔を思い浮かべていました。

まだ小さな子供の頃の、短い記憶の中で父の思い出は止まり、
届いた恋をたちまち消されてしまった様な、辛い経験が幾度となく二結花を襲って来ました。
好きな人を亡くした悲しみは、すぐには消えやしないけれど、母親と二人、力を合わせて、見事に舞い上がる花火の様に、強く生きていくのでした・・・・。

Copyright(c): Yutaka Araki 著作:新木 結太佳

◆「花火」の感想

*新木結太佳さんの作品集が 文華別館 に収録されています。《文華堂店主》


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