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都内から少し離れた、ある民放TV局のYTV。
以前はそこそこの視聴率を稼いでいたのだが、いたって誠実で、堅く真面目な印象が災いしてなのか、最近は面白味に欠けるなどの感想が相次ぎ、数字の低迷が悩みの種となっていた。
何か面白い企画、新番組の発案などが会議に挙がっていたが、それなりの企画や案は、すでに他の各局が先行して行っており、このYTVの製作部は行き詰まっていた。
夏も近付き、暑い日差しが降り注いで、いよいよ各放送局の特番合戦の一シーズンがやって来ようという頃・・・。
YTVのスタッフの一人が、一つの提案を出した。
「やっぱり一度、これやってみましょうよ? うちの一つの起爆剤になりますよ。まず間違いなしに数字取れますから。」
と、提案したのは、怪奇体験談と心霊スポット取材の放送だった。
今どき心霊写真だの幽霊取材だのと、お決まりごとの様で変わり映えがしないと思ったのだが、意外にも、賛成多数でプロデューサーも簡単にOKした。
と言うより、非常に怖がりのディレクターが、頑なに嫌がっていただけだったのだが。

そして早速、インターネットなどで材料の収集をしていた頃だった。
2〜3日して、局宛に一通のe-mailが来た。
送信者名のところに、k.kawashimaとあり、特に覚えも無く、視聴者からのメールか・・・と思った。
何だろう・・・? と思って読んでみたら、そこには、
『誰も生きて帰れない・・・? 最も怖い、恐怖の心霊スポット。挑戦者求む・・・』
と書いてあった。
「ぇえっ? なんじゃそりゃ!?」
と思ったスタッフだったが、そもそも心霊スポットや怪奇現象の情報を収集していたのだから、まんざら迷惑という訳でもなかったが、よそからわざわざメールを送信して来るなんて、妙に親切と言うか、物好きなのかなぁ・・・と思っていたが、更に不思議だったのは、
『無事に生きて帰れた者には、金50万円を進呈する。』
なんて書いてあったのだ。
それを読んで、怖さの反面で、面白さと、変にやる気になってしまったスタッフだった。
メール本文に添えてあったホームページアドレスをクリックして、そこからその場所の写真と行き方を見たのだが、大雑把に書かれた町の名前以外、詳しい地名と地図が良く分からなかった。ホームページにはその心霊スポットを示す何枚かの写真と、目印になる様な建物や標識以外、他に手掛かりが無かった。
他にも幾つかの情報を探してみたが、その情報のインパクトが強く、決して50万円が欲しかった訳ではなかったが、また、本当に50万円を貰えるなんて思ってもおらず、結局そこに狙いを定めたのだった。
更に詳しいことも知りたいと思い、送信者に返信を送って情報を待っていたのだが、数日間待っていてもメールは来ず、スタッフはもうそこに照準を合わせて準備にかかっていた。

ディレクターの黒沢は、万一の事態に備えて、心霊写真の鑑定や除霊などの著書も出している霊能者の水城麗峰に同行を依頼していた。
また、照明担当の稲垣は霊感が強く、何度か恐怖体験をしている体質の持ち主である。
カメラマンの八木下は、特に霊能力も無く、あまりこういうものを怖がらない方で、取材前でも大して怯えていなかった。
他に、録音機や暗視カメラ準備などのスタッフである藤田と安藤も含め、6人での取材となった。

打ち合わせを重ね、そして取材当日。
午前9:00。一路、栃木県の近郊を少し奥に入った田園地へ向かう。
インターネットの写真だと、目的地は、田舎町の中の、老人ホームの様な、葬祭場の様な、一見清潔さもある様な建物に見えた。
大雑把に書かれていた住所と数枚の写真を頼りに、マスメディアの得意技である調査力でもって、何人かの地元の人に聞き込みをしてみた。
だが、なかなかその場所を知る人に出くわさなかった。
10人目くらいで、ようやくそこを知る一人の町の人につきあたった。
どうやらそこは、もうやっていない病院らしい。数年前に閉鎖された様だ。
昼も過ぎて、そしてPM4:30頃・・・。
写真に載っていたラーメン屋さんの看板を発見。更に進み、なだらかな上り坂になる道をゆっくりと取材班の車は上って行った。
なんだか、そろそろお寺にでも出そうな雰囲気の道路を進んで行くと、斜めに傾いて壊れかかった看板が目にとび込んできた。
「あ! あれそうかな・・・?」とカメラマンの八木下が言った。
近寄って見てみると、内科・外科の医院の様だ。
汚くなって、修繕している様子は無く、どうやら本当にやっていないみたいだ。
看板が指し示す通りに車を進めて、2分ほど・・・。陽が傾きかけた夕方5時過ぎ。病院の入り口に着いた。大学病院ほどの大病院ではないが、手術や入院設備も整ってそうな、中規模の医院だろうか。
車は病院のすぐ近くまでは入る事は出来ず、百メートルほど手前の、雑草などで乱雑になってる駐車場らしきところに止めた。

早速車を降りて、両側をさっぱりとした林がそのまま並木を作っている足元の悪い道を、病院の玄関に向かって歩いていく。
しばらく進むと、Yの字に分岐するところに当たり、そこを左に曲がって行くと、もう少しで玄関らしきところが見える。左に折れずに右の方へ進むと土の道に変わり、病院の玄関には繋がっていない様だが、既にその時点で霊感の強い稲垣は、玄関に向かうのとは違う方をキョロキョロと気にしていた。
そして、変な匂いも嗅ぎ取った。
稲垣「なんか、匂いますよねぇ?」
水城「匂いしますねぇ。」
八木下「どんな匂い?」
稲垣「なんか、生ごみの様な・・・、ダストボックスみたいな臭い匂いですよ。」
水城「・・・霊気がありますねぇ。あのお医者さんの建物よりそっちの方にすごい冷たい空気が溜まってますね。」
と、霊能者の水城は病院側じゃない右手の方を指した。
玄関の前に着いてみると、片方のドアガラスは誰かのいたずらだろうか、見事に割られていた。そして、鍵は壊れていて入れるのである。
外観を見渡してみると、クリーム色っぽい壁の色が汚れていて、薄っすら茶色がかっているところもある。
それを見たとたん、いや〜な雰囲気になった。ディレクターの黒沢は内心、来なきゃ良かった・・・と思っていた。
しかし、吸い込まれる様に稲垣と、霊能者の水城は、玄関から病院の中へ入って行った。
黒沢が「気をつけて入って・・・」と言って、続いて他のスタッフもゆっくりと足を運ぶのであった。
予備調査と確認のつもりで、1日目はほんの1時間ほどで現場を後にする取材班だったが、ざっと確かめた1階のトイレと外来の処置室だろうか、そこで異様な霊気を感じていた。

その日、取材班は、市街地まで戻り、予約していた安いビジネスホテルで一泊するのだった。
次の日の取材予定を確認して、深夜0:30。スタッフ達はやっと就寝したのだった。
だが・・・・
時刻は午前3:30頃だろうか・・・。
ディレクターの黒沢は、胸を締めつけられる苦しさに魘(うな)された。
「うぅ・・・。ぅう・・・。・・・ふっ、く〜・・・。」
冷や汗をかき、息が出来なくなって目が覚めた瞬間、金縛りにあった。
「うっ・・・」
体がズシリと重たく、動こうと思っても身動きが取れない。と、その時、部屋のドアの前に、30代半ばくらいの男性が立っていた。
薄っすらと姿を現したその男性は、恨めしそうな、苦しそうな表情をして、徐々にこちらに近付いて来た。
しかし、片方の足の付け根や両肩のところが所々消えて見えるのである。
恐怖で声が出せず、金縛りで体も動かず、慄(おのの)くだけの黒沢だったが、その時、妙な言葉を聞いた。
『見つけて・・・、見つけて・・・、』
「・・・・・?」
『見つけてくれ・・・・』
「・・・・・?」
黒沢の足元まで来たその姿は、フッ・・・と消えていった。
ガハッ!・・・その瞬間、金縛りが解けて、体が動くようになった。
電気を全部点けて、部屋中を見回す黒沢だったが、なんにもありはしない。
他のスタッフのところへ駆け込んで助けを呼ぼうとしたが、全員もうすっかり眠っていて、こんな真夜中に、鍵のかかったドアを無理に開けさせる訳にも行かなかった。
ハァ・・・ハァ・・・と、息苦しさが残っていたが、動転して、その夜は怖くて電気を点けたまま、朝までうとうととしていたのだった。

次の朝、よく眠れなかった黒沢は、ぼや〜っとした部屋の空気の中で目を覚まし、虚ろになった記憶の中で、数時間前のことを辿ってみた。
しかし、本当の事だったのか、夢か幻だったのか。怖がりなだけで、霊感がある訳ではないと自分で思っていた黒沢は、信じたくもない心境だった。
みんなが起きて、出発前の軽いミーティングの時、他のスタッフと霊能者の水城に夜中の事を打ち明けた。
他に同じ出来事を体験したスタッフはおらず、水城が部屋を霊視しても、霊の存在は見られなかった。
取りあえず水城に除霊をしてもらった黒沢だが、朝飯が喉を通らず、体の力が抜けてしまった様だったが、午前9:00過ぎ、昨日の病院跡地の取材へと出発するのであった。

1時間あまり。
まず、病院へ直行する前に、周辺の様子を同時に取材するべく、幾つかの場所を撮影し、付近の人に話を聞くのであった。
すると、病院の事に関して、同じ様な情報を入手する事が出来た。
以前に何人かの患者さんが亡くなっているらしく、いい加減な運営が所々指摘されて評判を落とし、閉鎖に至ったようである。
そういう証言を複数聞く事が出来、そうするうちに、時間は午後5:00を過ぎていた。
病院に着き、機材を準備して、取りあえず医院の周りを一周回ってみる。
昨日と同様に、冷たい空気が立ち込め、異臭は昨日よりも強くなっている様な気がするのであった。
Yの字に分岐したところを今度は右手に入っていき、土の道になるところを少し行ってみようという事になった。
すると、林の中を通り、医院の裏側に出る事が出来るのであった。
黒沢「ぁあ〜、入院棟かなぁ? 病室見えるねぇ、ここからだと・・・」
ここで既に稲垣は、白っぽい病室着の様な服を着た、中年の男性の姿を、2階の壁越しに見つけていた。
稲垣「うわ〜、あそこに人いませんか? 男の人。・・・60代くらいかなぁ・・・」
水城「・・・、えぇ、いますねぇ。」
八木下「どこですか?」
水城「あそこ、あの2階の壁のところ。」
そういって、水城が指さしたところを、八木下が写真を撮った。
黒沢「なんかやってるんですか?」
水城「う〜ん、なんにもしてないけど、こっち見てますよ。」
そして、周りの写真をポラロイドカメラで何枚か撮ってみると、オレンジ色や赤っぽい色の線や煙の様なものが写っており、その中に、発光体の様なものが写っている写真が2枚あった。
水城「これがね、霊体ですよ、赤系は良くないですからねぇ、発光体も霊体のエネルギーですよ。」

日も落ちて、いよいよ夜になり、次は本番の院内へと向かって行く。
裏手の林を一旦戻り、玄関の方に歩いていくのだったが、そこでもう、どんよりと溜まった冷たい空気が背中にひたっ・・・と付いてくるのだった。
黒沢「うわ〜、なんか空気が違いますねぇ。なんか凄く冷たくってジメっとしてますよ。」
水城「そう、これが霊気なんですよ。」
そう言いながら、医院の玄関の前に来た。
水城が両手を合わせ、一度拝んで霊視して、院内へと入って行く。
霊能者の水城と霊感の強い稲垣が、共に霊気を感じるという1階の3ヶ所に定点カメラを設置して、撮影する事にした。
稲垣「なんかねぇ、ここのトイレが凄くいや〜な感じがするんですよ。」
水城「・・・うん、いますねぇ、ここは。」
と言うと、照明の稲垣は、トイレの床の排水溝のあたりに懐中電灯を当てた。続いてカメラマンの八木下がトイレの中の写真を2〜3枚撮った。
水城「赤いんですよ、ぼわ〜っと、床が・・・。何でしょうねぇ・・・。」
稲垣「や〜・・・、床に・・・腕かなぁ、腕みたいなのが置いてあるのが見えるんですけど・・・」
そして、そこを通過して廊下を進み、病棟があるところに来ると、ツ・・・、ツ・・・、という音を水城と稲垣と、音声機を持っている藤田も聞いた。
藤田「あ、いま音聞こえましたよねぇ?」
水城「えぇ聞こえましたね。音しましたよ。」
と、もう少し進むと、霊能者の水城が止まった。
水城「あそこのねぇ、ベッドの台があるでしょ?そこの角のところに白い影があるんですよ。人の形でね、上半身だけの感じの固まりみたいになってるんだけど・・・」
そう言いながら、スタッフは、次に2階へ上がっていった。
黒沢「え?」
八木下「何ですか?」
黒沢「今なんか言っただろ?」
八木下「や、何も言ってないですけど。」
黒沢「本当かよ・・・、俺も霊感ついちゃったのかなあ〜・・・」
と、二階へ上がりきった時である。・・・・ガッ
黒沢「わあっ!!」と言って、一瞬逃げたディレクターの黒沢は、よたよたと壁にぶつかり、その場で転んだ。
八木下・藤田・安藤「どうしたんですか?」
黒沢「あ、足掴まれた、あし・・・、足首・・・。」
八木下「ぇえっ? 何もいないすけど。」
水城「いや、その踊り場のところにねぇ、男性か女性か分からないけど、今いたよ・・・。黒い影だけだったけど・・・。」
黒沢「うわ〜、霊だらけじゃないですか。」
水城「でもねぇ、あまりはっきりとはしてないんですよ。で、たまにいるんですよねぇ・・・」
そう言っているうちに、夕方、裏手の林にいる時に見た、白っぽい服装の男性がいたところの近くに来た。
水城「う〜ん、やっぱりいますね〜。」
稲垣「いますよねぇ?寝てますよね、あそこに?」
稲垣は、診察室らしいベッドの上を指して言った。
黒沢「どんな様子なんだ?」
稲垣「いや、ん〜、横たわってるだけの様に見えますけど・・・」
水城「・・・苦しい、・・・助けてって言ってますかねぇ。・・・・まぁ別に危害を加えてくるわけじゃないから大丈夫ですよ。」
と、霊視して、拝んだ水城の言葉に取りあえず安心して、更に奥へ進んだ。
しかし、別の部屋へたどり着いた時・・・、チッ、チッ、ビリ・・・、バチ、・・・パン。
「ワアッ!?」
照明が異常を起こして消えてしまった。慌てて予備ライトを点けて、照明を確かめる。
カチ、カチ、カクン、・・・パッ!
突然照明がおかしくなったが、直った・・・と思いきや、ブ・・・、ブブ・・・、プ―― 。
と今度は音声がおかしくなった。
藤田「おわあ〜、これ霊現象ですかね? 多分。」
水城「そうですよ、きっと。この辺もけっこう強いですからね。」
そう話していた時、稲垣が体の不調を訴えた。
稲垣「ちょっと気持ち悪いんです。ちょ、・・・吐き気が、するんです。」
そう言うと、全員一度建物から外へ出て、水城が稲垣の背中を擦り、拝みながら両肩と背中をポンポンと叩いて除霊をした。
そしてスタッフ一同は、水城が持参した塩でお清めをした。
「はぁ、はぁ・・・」と言って落ち着きを取り戻し、スタッフ達は、しばらくは外から取材を続けるのであった。
2階にも強い気が集まっているところがあり、霊の姿が撮れるかもしれないと、黒沢と藤田と安藤は2ヶ所に定点カメラを設置しに行った。
暗視カメラを2台、2ヶ所に設置し終えて戻り、その場所に霊の姿が現れるか観察するのであった。

そうしているうちに、そろそろ午前0時を迎えた。
今まで数時間の取材でも、充分怖いのに、決定的なものを撮ろうと、明け方の4時頃まで粘ろうというディレクターであった。
霊能者の水城と共に、医院の外観と建物の周りをしばらく調べていた稲垣と黒沢だったが、撮った写真から、やはり2階に霊気を感じた2人は八木下を連れて、さっき行った2階へ再び上がっていくことにした。
再び玄関を入り、1階のトイレの前に来ると、中に何かいるのを感じた。
水城「このトイレのところにね、・・・え〜と、30代後半くらいかしらね、男の人がいますよ。左足が・・・無いですねぇ。」
八木下「トイレのどの辺りですか?」
水城「さっきのあの排水溝のところに、横たわってますよ。」
黒沢「排水溝って、床に寝そべってるんですか?」
水城「えぇ。・・・助けて、・・・殺されたって言ってますかねぇ。」
そう言うと、八木下はトイレの中の写真を撮った。
ウィーン・・・。出て来た写真を見てみると、素人には分からない程度の心霊写真が撮れた。
稲垣「ん〜、これ・・そうですよねぇ・・・。」
水城「うん、そうですね、男性ですね。ん・・・? それで、別の、腕だけ壁に浮かんで、なんか向こうを指差してるようなのが見えるんですけど・・・」
八木下「どれですか?」
水城「ここ、この壁のところにね、向こうの方を指してる様なのが見えてるんですよね〜・・・」
稲垣には薄っすらと分かり、4人はその方向に歩いていった。
そして、階段を上がり、さっきの2階へ着くと、定点カメラを設置した2ヶ所の様子に特に変わりが無い事を確かめ、写真を数枚撮り、表へ出て、玄関の外から暗視カメラの様子をチェックしているのだった。
その間も、医院の中から感じられる異様な霊気を感じ取っていた。

ブ―ン・・・と、虫が飛んでる様子が分かり、淀んだ空気がゆっくりと動いている様が、なんとなく見て取れていた午前3:30頃。
2階奥の処置室に設置したカメラに異常な電波障害が生じた。
ビリビリ・・・、バチ・・・、バチ・・・。
そして、その約一分後・・・。
水城「ん?・・・あぁいますね。ここにいますよ。白衣を着たね、男性の方ですねぇ。さっき1階のトイレにいた男性かしらねぇ。」
黒沢「うわあ〜、怖えぇなあ〜。でもバッチリ撮れてるんだろうなぁ〜。」
その数秒後、その霊はいなくなったかに見えた。
稲垣「今、まだいます?もういなくなったでしょ?見えないんですけど・・・」
水城「うん、もう見えないですねぇ。でも、もうそろそろいい加減にしてやめた方がいいですよ。」
その水城の助言に従って、撮影を終了する事となった。

そして、夜が薄っすらと明け始める、午前4:30過ぎ。
撤収することになり、恐怖が和らぎ始めた医院の中を、スタッフ達は機材の収集に入って行くのだった。
2階に上がって行き、黒沢が音声機を持ち運ぼうとしていた時、フッ・・・と左側に視線を感じた。
「ぅ・・・ぅ・・・・、」
怖さに慄いて、まともに声が出せない黒沢だった。腰が抜けて、その場にへたり込んでしまった。
『見つけて・・・、見つけて・・・』
「・・・?・・・」
『見つけてくれ・・・』
「・・・・え?」と、心の中で思った黒沢だったが、声には出せない。
白衣を着た、左足が消えかかっている霊は、この世を名残り惜しんでる様な空虚な表情をして、黒沢の目の前に現れた。
だが、もう次の瞬間、霊は姿を消した。そして、やっと力を振り絞って声を出した。
「うわ―――っ!」
わずか2〜3秒だろうか。いや、10数秒だったのだろうか・・・。

建物の外へ出たスタッフ達は、水城によって再び塩でお清めと、除霊をされた。
黒沢と稲垣の2人は、霊象による害を心配されて、念入りに除霊を施された。
しかし、黒沢は妙な事を考えていた。
「さっき見たあの霊・・・、昨日のホテルで見た霊と同じ人だなぁ・・・。」
それを、スタッフと霊能者の水城に打ち明けたが、ホテルで黒沢が見た霊を他に知るスタッフはおらず、除霊したから安心しなさい・・・という事に落ち着いたのだが・・・。

駐車場に向かう間の道で、稲垣が撮影道具をポロ・・・っと落とした。
落っこった道具は雑草の中に転がり落ちた。
それを拾おうと稲垣は草の中に踏み入った。
「おっと・・・」
躓いて転んだ時に、稲垣の目の中に何かが飛び込んで来た。
「ん?・・・、なに・・・・、うわあっ!!」
そこには白骨化した人の片手が土から姿を見せていた。まさかの見間違いかと思った稲垣だったが、小指と薬指と手の甲の一部が崩れてなくなっていたものの、確かに人の片手であった。
ドテン、「イテッ・・・」
驚いて跳び上がった稲垣は、勢い余って仰け反って、そばにあった少し大きな石に左大腿部をぶつけた。

すっかり朝が明けた午前8:30。

その医院跡地を警察が取り囲んだ。
取材をしたその医院では、亡くなられた患者さんが何人か居り、医療ミスが噂されていて、開院されていた当時から、ずさんな運営が指摘されていたそうだ。
そしてその後、一人の元医院長が逮捕された。
その医院は、閉鎖される何年か前からは、別の主任医が、実質の処置や手術の全般を任されており、好条件での引き抜き話が持ち上がっていたらしい。
だが、医師としても衰えていて、主任医に離れられると、医院の経営にもかなりの影響が出てしまい、また、金儲けに関しても相当貪欲だった医院長は、どうしても主任医に離れられると困るのだった。
しかしそんな時、主任医は、医療ミスに関する事実と、医院長が不倫相手に病院運営費の一部を私的に流している事を知ってしまった。
その証拠を掴まれた医院長は、結局最後に主任医を殺して証拠を消そうとしたのだった。
完全犯罪を狙って遺体をバラバラに切断したらしいが、遺体を運ぶ時に、用意していた袋から何らかの弾みで切断した片方の手が落ちてそのままずっと残っていたのだろうか。
医院の1階のトイレは、医院長が主任医をバラバラに切断した場所だった。
そして、そのトイレから3本の毛髪が採取され、鑑定の結果、被害者のものと断定され、更にそこから劇薬物反応が出た。
自宅で切断するのは得策じゃないと判断したのだろうか、しかし、その後の家宅捜索で、一度は調べた医院長宅から少量の劇薬物が発見され、主任医の毛髪から検出された成分と一致した。
用心に用心を重ねて証拠を消し去ったつもりでいた医院長だったが、不意なところから、とうとう足がついてしまったのだった。
黒沢ら、スタッフが見た霊も、医療ミスで報われずに亡くなった患者さんだったのだろうか・・・。
しばらくの間、ずっと人を寄せ付けず、取り壊されずに、古くなっていく病院の真実を暴く為に、亡くなられた患者さん達の魂が、現場をそのままにして、私達が来るのを待っていたのだろうか・・・。

後日、一人の中年の男性が、我々スタッフを訪ねて局にやって来た。
呼び出されたディレクターの黒沢は、社屋内の待合所のテーブルで男性と会った。
『どうもこんにちは。お忙しいとこ恐れ入りますが・・・』
「はい・・・・」
その男性は、60歳を過ぎた、白髪の男性であった。
元巡査部長で、今回の事件を追っていたが、捜査途中の使命半ばで定年を迎え、その後もその事件の捜査は続いていたが、決定的な証拠が見つからず、暗礁に乗り上げていたそうだ。
今回の事件解決に大いに貢献したという事で、局の方に顔を出してくれたそうだ。
『・・・、あ、申し送れました、私、川島健司と申します。』
「はい、・・・。ん?・・・え〜と、あれ? そうしたら、川島さんって、あなた様でしたか? 局宛にメール頂けたのは?」
『は? 何でしょう・・・? メール?』
「えぇ、今回取材して事件が分かった病院の、心霊スポットの、怖い体験云々ていうやつです?」
『はて? ん〜、メールって分かんないですからねぇ。知ってはいますけども、私ああいうもの出来ないもんですから。』
「え? でも、その送り主がk.kawashimaさんですから・・・」
『ん?・・・・。!、実は、もしかしたら、この事件で殺された医師というのは、河嶋幸一と言いまして、私の義理の息子なんです。』
「えっ? 河嶋・・・幸一・・・さん。義理の息子さん、ですか。それじゃぁ・・・」
『私の娘の夫でした。』
「・・・・・」
まさか、既にいるはずのない死者が、あの世からメールを送って来たと言うのであろうか・・・?
だいいち、この元巡査部長である川島さん自身がメールを送って来たというなら、あの医院の場所を知っていたという事になるのだから、話は通らないのである。
『あ〜・・・、そしたら幸一君が、事件を解決する為に、そんな現象を起こしたんですかねえ〜・・・。』
そう言うと、川島さんは、1枚の写真を見せてくれた。その写真を見た時である。
『これがですねぇ、義理の息子の幸一君です。』
「え?、これは・・・」
その写真に写っていた人物は、ビジネスホテルと、医院の2階の処置室で見た霊と同じ人物であった。
『見つけて・・・見つけて・・・』
と言っていた言葉は、自分が殺されたという決定的な証拠を見つけてくれという、心からの訴えだったのだろうか。

黒沢は、製作部のデスクに戻り、削除せずにとっておいたメールをまず確かめた。
そこには確かにk.kawashimaという送信者名があった。
しかし、そこに書かれていたホームページアドレスを、再度クリックしてみたら・・・
『〜ページを表示出来ません。検索中のページは現在利用出来ません。次のことをして下さい〜』
というコメントが出て来て、何度やり直しても、あの心霊スポットのホームページを二度と見ることは出来なかった。
「そんな、ばかな・・・。」
思いを果たせた河嶋幸一さんの魂は、スタッフの前から姿を消したというのであろうか・・・。
その後、TVのニュースで今回の事件が報道されたのを見た。
そこには、あの河嶋さんの写真が映されていた。
事件当時、彼は37歳だった様だ。
「・・・やっぱり、あの男性だ。俺が見た、あの霊の男性だ・・・」そう思っていた。

とんでもない事件の解決への糸口となった事と引き換えに、スタッフは怪我を負っていた。
稲垣が、転んで左太ももを石にぶつけた時、骨折をしていたのだった。そして、音声・カメラ担当の藤田は、内臓の調子が悪いと訴えて内科医に通っていた。
後の取調べから分かった事だが、殺害された河嶋さんは、一番最初に左足大腿部からのこぎりで切断されたそうである。
幸い、元巡査部長の川島さんが、退職金の一部から、治療費約50万を補償して頂けるという事で、私達は甘んじて受ける事にした。
これが、金50万の進呈という事だったのだろうか・・・。

半ば命がけで実行した取材だったが、身の危険と引き換えに、その番組の視聴率は驚異の37%を記録した。

Copyright(c):Yutaka Araki 著作:新木 結太佳

◆「心霊取材班の挑戦」の感想

■ 文華堂店主のお知らせ ■

*新木結太佳さんの作品集が 文華別館 に収録されています。
*タイトルバックの建物の写真は、「view.Bird.to」 の素材を使わせていただきました。


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