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 様々なメディアでヒトの遺伝子の数が判ったと報じている。その数は当初予 想されていた数とは大きく異なりせいぜいハエの二倍程度だという。ハエの二倍で人間のような高等な生物ができるのかと捉えるか、ハエだって実はもっと すごい神秘性をもった生物なのだなと考えるかは別として、その遺伝情報の中には寿命をつかさどる部分があり、所謂「不老不死」の研究も世界中で盛んにおこなわれている。自然治癒力もその部分に深く関わりを持っているそうだ。
もともとその人が持っている遺伝情報の寿命に合うよう調節されるらしい。果たしてそうか?
 唐突ではあるが私は三十三才である。長年しょってきた苦しい扁桃炎と決別すべくこの程手術を受けた。扁桃腺の摘出手術はヒトゲノムだのなんだのと言っている時代のわりには極めて原始的で、単に「めくりとる」だけのことであるらしい。めくられた痕は生傷であり、その回復はそれこそその人の自然治癒力に委ねられている。「日にち薬」である。
 一般に子供の場合は回復が早く術後一日で普通食をとるほどの怪力(!)を持つ子もいるらしいが、歳がいけばいくほどその痛みも強く普通食にたどり着くまで一週間以上かかる人もいるという。じつにさまざまである。「ま、個人差があることだし・・・」とはこの手の話のうえで常用される言葉のひとつである。
 私の場合、術後五日たつがいまだ五分粥から脱出できない。できないどころか一日中その苦痛に顔を歪めている。当たり前のようだが回復が明らかに子供より遅い。自然治癒力が弱いということか。そうであるならば、なにか事件や事故に巻き込まれない限り、寿命が確実に迫ってきている証拠のような気がしてならない。
 もう一度いう。私は三十三才である。まだまだ若輩者である。自分で言うのもなんだが外見上、五つは若く見られる。しかし確実に「死」は近づいてきていることを今回の手術を受けて少し感じてしまった。もし神が存在するとしたら「子供の場合はまだまだすべきことがたくさんあるから早く治癒して、高齢者はそれまで大抵のことはしてきたからゆっくり休め」と神が言っているのだと自分勝手な解釈をしたい。そして寿命の遺伝子が自然治癒力に作用している
という見解にはあえて反対したい。その人がそれまでどう生きてきたか、が大きく関わっているのだ、という新説を掲げる。いささかお聞き苦しいか。

 猫は身体のどこか調子が狂ったりケンカで傷を負うときまって「寝る」。ただひたすら「寝る」のである。じっと目を閉じその場を動かずただただひたすらに寝続ける。そしてむっくり頭をあげると、概ね治癒完了ということらしい。猫の遺伝子の数はどうなのか、知りたいものだ。ネコゲノム?


Copyright(c): Yasushi Kimura 著作:木村 泰


◆「自然治癒力」の感想メール


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