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綺麗になりたい。
 私は綺麗になりたい。
 綺麗になれば、全てが上手くいく。
 そうでしょう。
 世の中ってそういうものでしょう。
「美央は今のままで十分、美人さんよ。」
 親友の深雪は笑ってそう言った。
 でも、駄目なの。
 そこそこ綺麗じゃ、駄目なの。
 そこそこ綺麗な人なら沢山いるもの。
 上等の綺麗を手に入れたいの私は。
 綺麗になれば上手くいく。
 恋も仕事も人生も。
 三つ年下で職場の華の木下さんは、私の同期で一番の出世頭の杉田君を手に入れた。杉田君は木下さんが入社した途端、三年間も付き合った私を期限の切れた資料のように切り捨てて、顔しかとりえの無い木下さんを手に入れた。
 綺麗になりたい。
 並ぶ者が居ないほど綺麗になりたい。
 同期の女子で一番の出世頭の原口さんは、仕事はそこそこ、顔もそこそこ、でもとても綺麗な足をしている。
 綺麗になりたい。
 一箇所でもいいから並ぶ者が居ないほど綺麗になりたい。
 私は、電卓とパソコンと書類に魔法をかける。
 魔法で出来たお金で、綺麗を買うために。
 綺麗になりたい。
 私は魔法で出来たお金を手に、お店へ行った。
 ブティック、エステに美容院。
 話題の化粧品も手に入れた。
 だけど。
 鏡に映る私は、そこそこ綺麗な普通の女。
 これでは駄目なの。
 そこそこの綺麗じゃ駄目なの。
 そこそこの綺麗な人なら沢山いるもの。
 こんな程度の綺麗ではお話にならない。
 綺麗になりたい。
 魔性が漂うほど綺麗になりたい。
 顔が綺麗で、スタイルも良い二つ下の宮坂さんは、その美貌で上司に魔法をかけた。かけた魔法が解けた時、その上司も宮坂さんも、会社からは消えていた。
 私は、そんな失敗はしない。
 綺麗になって成功を手に入れる。
 成功を手に入れる為に綺麗になる。
 綺麗になりたい。
 綺麗になりたい。
 私は更に、電卓とパソコンと書類に魔法をかけた。
 お金はあるの。
 お金で買える綺麗なら、いくら払っても構わない。
 ある日、男が寄って来て言った。
 綺麗になる薬がある、と。
 深雪は止めたけれど、私はその薬を手に入れた。
「止めときなよ。危ないよ。」
 深雪は言った。
 だけど、止める必要が何処にあるのだろう。
 綺麗になれない方が危ない。
 電卓とパソコンと書類にかけた魔法が解け始めていたから。
 綺麗になりたい。
 この世で一番、綺麗になりたい。
 綺麗になれば、全て上手くいく。
 きっと、上手くいく。
 薬を飲んだその日から、私の中で何かがざわめき始めた。
 私の体。皮膚の下。新しく何かがうごめき始めた。
 綺麗になる。
 綺麗になる。
 望み通り、綺麗になる。
 私は息を潜めてその日を待った。
 魔法が解けても安心なくらい綺麗になれる日を。
 そして、その日はやってきた。
 新しい自分が、産まれる日が。

「美央いるの?」
 深雪は、声をかけながら美央の部屋へ入った。暗い室内に目が慣れるのに時間がかかったが、奥の方に人影を見つけて話しかけた。
「どうしたのよ、会社を無断欠勤するなんて。心配するじゃない…。」
 深雪の言葉は甲(かん)高い悲鳴に変わった。
 美央の背中は二つに割れて。
 中から蝶が飛び立った。
 次から次へ。
 金と銀と、青と黒とで出来た美しい模様を羽に刷き、優雅に舞う蝶が美央の中から飛び立っていく。
 飛び立ち終わったその後は、空っぽな美央の抜け殻が残った。

 ああ。そうか。
 私は空っぽだったのか。
 だが、それがどうだというのだろう。
 綺麗な蝶。
 ひらひら舞い飛ぶ綺麗な蝶。
 それが私の姿。
 綺麗になりたい。
 それが私の望み。
 私の望みは果された。
 部屋一杯に舞い飛ぶ蝶に満たされて。
 ああ。私は解けた魔法に捕まらずに済む。
 
 ひらひら踊る虫取り網。
 薬を渡した男が現れて、蝶達を捕獲する。
 ひらひら踊る網の中、ひらひら舞う蝶の群れ。
 深雪は男に文句をつけているけれど。
 それがなんだというのだろう。
「美央を返して。」
 深雪は叫ぶ。網を手にした男に叫ぶ。
「これが彼女の望みだよ。」
 男はそう言いながら優雅に微笑んだ。
 そう。
 そうなの。
 これが私の望み。
 これが私の願い。
 深雪はとても不服そうだけど。
「この蝶を標本にすれば美しさは永遠に変わる。それは彼女の願いだよ。」
 悠然としている男に、深雪は叫ぶ。
「そんな事あるわけないでしょ。美央を返して。返してよ。」
 ああ。私は永遠も手に入れるのね。
 なんて素敵なんでしょう。
 私はとても満足だけど。
 親友の深雪はとても不服そう。
 でも。でも、私はもう蝶になったから。
 綺麗な蝶になったから。
 望みは全て手に入れたから。
 アナタの意見は関係ないの。
 アナタの悲しい顔も関係ないの。
 
 男は私を手に入れて。
 深雪と抜け殻の私をあとにした。

Copyright(c): Reo 著作:れお

◆「綺麗な蝶」の感想

*れおさんの作品集が 文華別館 に収録されています。 《文華堂店主》


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