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ツーリングの快適な季節も、間もなく終わりを告げようとしている。
寒くなるまでに、あと何回バイクで出かけられるのだろう。雪の降る地方に住む私は、この時期になると少し焦燥を覚える。
しかし、「雪が積もったらバイクに乗れない!」なんて愚図っていられるうちは、まだ幸せなのだ。
我々ライダーにとって最も恐ろしいもの。それは、「家族」なのである。

ライダーたちにとって最も不幸なのは、結婚を機に配偶者(又は婚約者)から「危ない」という理由でバイクを下りるよう命令を下されること。確かにバイクは危ない。しかし、それ以上に楽しいのである。
また、「お金がかかる」という理由で免許を取らせてもらえない、もしくは、免許はあるのにマシンを買わせて(買って)もらえないといった不幸もある。確かにバイクは金がかかる。しかし、それ故に楽しいのである。
仮に、第一段階をクリアし、バイクに乗る許可を得たとしても、道はそう甘くはない。
夏の間、毎週のように1泊のキャンプツーリングに出掛けていた私のようなお気楽人間に対し、彼らはツーリングの企画が上がる度に「参加できるよう努力します」と、悲壮感すら漂わせている。出かけられたとしても、せいぜい数ヶ月に1度くらいが限度であろう。2ヶ月連続でのツーリングや泊まりがけのツーリングなどもってのほか。努力が実って配偶者からツーリング参加の許可が与えられた暁には、仲間一同、拍手喝采である。
しかし、ライダーを夫や妻に持つ家庭にも、掘り探ってみれば様々な事情がある。

【ケース1/妊娠中の妻と息子を家族に持つ、20代後半の峠小僧Aさんの場合】

Aさんは、一年前にレプリカマシンで峠復帰を果たしたばかりの、いわゆるリターンライダーである。
奥さまから「日曜日の早朝なら山へ走りに行っても良い」という許可は得ているものの、休日のツーリングともなると、かなりの苦難を強いられることになるらしい。
ところが彼は、7月下旬には信州日帰りツーリングに参加し、なんと8月下旬にも北陸ツーリングへの参加を果 たしているのである。素晴らしい!
もちろん、参加が決まるまでには涙ぐましい努力があったことと思う。
しかし、その北陸ツーリングの最中にAさんが漏らした、
「今回は、子供の『行くな』コールがひどくて…」
という一言には、独身ライダーたちまでもが思わずホロリ。
何よりも彼を悩ませるのは、風呂掃除や食後の皿洗いといった「ポイントUP」のための労働ではなく、「行かないで」という子供の一言なのである。
いや、それはAさんに限らず、全ての既婚ライダーに共通することなのかも知れない。

【ケース2/バイク乗りの夫と2人の息子を家族に持つ、30代前半の主婦ライダーB子さんの場合】

女同士という気安さから、彼女は私に様々なことを話してくれる。
B子さんのご主人は、「ツーリングに行きたいんだけど」という彼女の願いを、無下に切り捨てることはしない。
「行くか行かないかは、自分でよく考えて決めろ」
それが、ご主人の答えなのだそうだ。
彼女は、保母さんを職とするワーキングマザーでもある。仕事と家庭の両立を、見事にこなしている。
しかし、真面目に家事をこなすことは、ツーリングに出かけても良い理由にはならない。家事を怠ろうが、一日寝て過ごそうが、とにかく家で子供たちと一緒にいることが重要なのだと、彼女は切々と訴える。
それでも、彼女は比較的マメにツーリング先に顔を出している。泊まりのツーリングにも何度も出かけている。長い間乗っていたCBR250を手放して中古のセローを購入したのも最近のことで、その後は林道デビューまでも果 たしている。
恋人の影響で二輪免許を取ったという女性ライダーが多い中、自分で望んで免許を取り、バイクに乗り始めたという経歴を持つ彼女は、それ故、一緒に走る相手に恵まれず、彼女のCBRは長い間、通 勤にしか使用されていなかった。同じバイク乗りでありながら、バイクを通勤用の足以上には考えていないご主人と夫婦でツーリングなど、夢のまた夢なのだと言う。
バイク仲間が増えた今、後ろ髪ひかれながらも出かけて行かずにいられない彼女の気持ちは、理解してあげたいところである。
セローを購入した後、B子さんはご主人を説得して(丸め込んで)、彼用に中古のオフロード車をもう一台購入することに成功した。しかし依然として、彼女がご主人と一緒にツーリングに出かけたという話は聞かない。
「旦那がバイク乗りでも、一緒にツーリングにも行けないんじゃ余計に寂しい」
傍目にはバイクライフを謳歌しているかに見える主婦ライダーにも、悩みは尽きないのである。

【ケース3/妻と息子1人娘1人、義父、義母を家族に持つ、30代前半の主夫ライダーCさんの場合】

婿養子であるCさんの場合は、少し特殊なケースであると言えるかもしれない。
Cさんは、愛車のセローで毎朝裏山へ「朝練」に出かけることを日課とするオフローダーである。
彼曰く、奥さまはバイクには理解のある方で、あまりうるさいことは言わないのだとか。
問題は、奥さまのお父上…つまり、彼のお義父さま。彼は、Cさんの勤める会社の社長でもある。
この頑固でワガママなワンマン社長が極度のバイク嫌いであることが、Cさんのライダーとしての不幸の始まりだった。
家族は皆このお義父さまの言いなりで、ツーリングへ出かけることを快く許してくれたはずの奥さまが当日になって「今日はお父さんの機嫌が悪いからバイクは諦めて」と言い出し、楽しみにしていた約束をドタキャンせざるを得なかったことも、一度や二度ではないらしい。
しかし、長距離ツーリングの実現を切望するCさんは、そんな家庭環境にもめげず、つい先日、長距離ツーリング用にリッターバイクを一台購入。お義父さまにはもちろん、「敵を欺くにはまず味方から」の教えに従い、奥さまにすらマシン購入のことは話していないらしい。
友人宅に隠し置かれた彼のもう一台の愛車が日の目を見るのは、一体いつのことになるのやら…。

【ケース4/妻あり、子供なしの30代半ばのスクーター乗りDさんの場合】

現在はマジェスティに乗っているDさんのケースは、上記3つのケースとは全く異なっている。
彼は、仕事の予定でも入っていない限り、ツーリングの企画には必ずと言って良いほど顔を出す。日帰りはもちろん、泊まりがけのツーリングも異に介さない。
子供のいないせいもあるだろうけれど、それにしたって、あまりにも自由すぎやしないか。仲間うちの誰しもが、そんな羨望と疑惑の入り交じった目で彼を見ていたはずである。
そして、私はつい最近、彼に奥さまとの仲が上手くいっていない…いや、既に破綻寸前なのだという話を聞かされた。共に相手に対しての関心を完全に失っているため、互いの行動に干渉する気にもならない。よってDさんは、誰に気兼ねすることなく思う存分にバイクライフを満喫することが出来る…というのが真相であった。
これも一つの、既婚ライダーの憂鬱の形であると言えよう。

そして、既婚ライダーの憂いを案じ、「素敵なライダーを捕まえて仲良くバイクライフをエンジョイしよう」などと目論んでいる私は、当分、結婚できそうにない。独身女性ライダーの憂鬱である。


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