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 今日、まずいコーヒーを飲んだ。でも幸せだ。
 
 私には、愛娘ジョージエが寝ている時にしか、カフェのコーヒーを味わう時間がない。
 買い物の帰り道、気がつけば、彼女はコンコンと寝入っている。
(チャンスだ・・・!!!)
 家の方向に向かいながら、コーヒーを飲ませてくれる店はないかと、僅か100m位 しかない商店街をクルクルと見渡してみた。

 すぐ、1件見つけ、そこへ入ろうと思ったが、ベビーカーを押している私には少しスペースが足りないこぢんまりとした店だったので、そこは、あえなくあきらめ、
(もう商店街、終わっちゃうよ。コーヒー飲めるかなぁ・・・)と、一抹の不安を抱えながらも、ベビーカーを押してさらに先へ進むと、商店街の終わりがけに、お粗末にも"カフェテリア"とは呼べない"ボロッ"とした店があった。
 迷うもなにも、もうこれ以上先に店はないので、そこに入ることにした。
 一日に一杯はエクスプレッソのコーヒーが飲みたいのである。
 中は見かけ同様に、コーヒーはおまけで置いている感じだった。

 イタリアンだろうと思われる、色の白いピンク色の頬をした小柄のお姉さんに、エクスプレッソのコーヒーと、チョコレートクッキーを2枚頼んで、テーブルについた。
 間もなくして、同じお姉さんが、注文したものを運んで来てくれた。
(・・・・・?!)
 一瞬、(エッ?!)と思った。
 透明のノッポなグラスに、なにやら紅茶のようなものが入っている。
「あの・・これ、コーヒーですよね?」
「ええ、そうですけど・・なにか他のものご注文なさいました?」
「あっ・・いいえ・・・これ、コーヒーなんですね? ならいいんです。」
 プーンと漂ってくる匂いをかぐと、確かにコーヒーの匂いがする。
 少し躊躇している私に、
「ごゆっくり・・・」
 と、コーヒーとチョコレートクッキーを置いて、彼女は奥へと下がっていった。

 彼女が去っていった後も、私は半信半疑で、マジマジとその透明グラスを見ながら、
(・・・・・。でも、飲んでみないことにはわからないでしょ。)
 が、しかし、である。
 やはり、味と色の濃さが比例して、"まずい"の一言なのである。
 迷ったが、さっきのお姉さんに聞いてみることにした。
「・・・スミマセン、どうやらこのコーヒー、私にはちょっと薄すぎるみたいで、もっと濃い目のと交換して頂けますか?」
「もっと濃い目のですね? ええ、わかりました。今、お持ち致します。お座りになっていてください。」
 ニコリと微笑んで、また、奥へ消えた。
 お昼時の忙しい時間でもあったので、ぶっきらぼうに対応されるのを承知で頼んだのだが、こんな些細な彼女の笑顔で私の気持ちは晴れ晴れとした気分になった。
(外国の生活なんてこんなもんさ。)
 と思う、今日この頃、こういう人に出会えると、心が温まって行くのを感じる。

 そうこうしているうちに彼女が、今度は定番のカップに入ったコーヒーを持ってきてくれた。
「そうそう、これなんです。どうもありがとう。」
「いいえ、どうもいたしまして。」
 と、その人はまた微笑んだ。
 笑顔だけで、ここまで人を幸せな気分にさせる人は、そういないだろう。
 早速、その作りたてのコーヒーを飲んだ。
(・・・・・うぐっ!!)
 まずかった。

 コーヒー豆の袋が開封されてから、日にちがだいぶ経っている、酸味がかった味も香りもコクもない、ただ苦いだけのコーヒーだった。
 でも、私は幸せだったのである。

 たまに、美味しいものを出す店なのだが、その場の雰囲気も何もかもぶち壊しにしてくれる、とんでもない店員がいる店がある。
 どんなに美味しいものを食べていても、ぶっきらぼうな店員に合ってしまえば、そこでTHE ENDで、さっきまで動いていたナイフとフォークも、のろのろと動かなくなってしまう。
 そんな人にサービスしてもらったら、美味しいものも美味しいといって食べられない。
 私は、そういうところには、いくら美味しくても二度と戻らない。
 帰り際、私は彼女に一声、掛けたかった。 
「とても親切にしてもらって、どうもありがとう。」
「いいえ・・・・・。」
 サンドウィッチを作る手を休めずに、照れてうつむきかげんのまま、小さい声で彼女はそう言った。
(私はきっと、また、まずいコーヒーを出すこの店に足を運ぶんだろうなぁ。)
 と、思いつつ、その店を後にした。
 ジョージエが、タイミングを見計らったように、むにゃむにゃと目を覚ました。
「ママねー、ジョージエが寝てる間に、まずいけど、美味しいもの食べたよ。」
 彼女は、"きょとん"とした顔をしている。
 1ドル30セントで飲んだコーヒーのおかげで、私はこんなにも幸せになれたのである。


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