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旅人と呼ばれる人がいる。
砂漠をラクダに乗り、横断しようとしている彼もまた旅人に見えた。
周り一面砂しか見えない世界。
夢のような、幻想のような、とてもあやふやで危うい世界。

旅人は少女の前で立ち止まった。
あるはずもない光景と言えるものが目の前に存在している。
少女は旅人に尋ねた。
「あなたはなぜ旅を続けているの?」
旅人は答えた。
「自分を見つめるためさ。」
「自分を? あなたはそこにいるじゃない。」
「自分の中にいくつもある自分を一つにしたいんだ。」
「そう。失望しなければいいけどね。」
少女はいつのまにか消えていた。

旅人はまた歩き出した。
周り一面砂しか見えない世界。
旅人は、杖をついた老婆の前で立ち止まった。
そして老婆は旅人に尋ねた。
「あなたはこの旅の終わりに何をみるのですか?」
旅人は答えた。
「終わりなんてないさ。旅が止まるとすれば、それは終わりではなく、新しい始まりだから。」
「始まり? 終わりがなければ始まりもしないものですよ。あなたの人生が始まりだとすれば 必ず終わりはやってくる。終わりのあとに残るのはただの無にすぎないのです。」
「あなたの考えは悲観的だ。」
「そうですか。でもきっと、あなた自身で気づくときが来るでしょう。」
老婆はいつのまにか消えていた。

旅人はいつまでも歩きつづける。
周り一面砂しか見えない世界。
旅人は、少女と老婆の前で立ち止まった。
そして、少女と老婆は旅人に話しかけた。
「あなたは自由なのね。私は、この足じゃどこへも行けないわ。じきに死にゆくだけ。」
少女は足を怪我していた。とても歩けそうな状態じゃない。
「本当に自由なのですね。私は、この歳では歩く事もままならない。じきに死にゆくだけです。」
老婆は年老いていた。とても動ける状態じゃない。
旅人のラクダにはあと一人が乗るに精一杯な大きさであった。
食料も考えて、二人分持てばいいとこである。
少女は旅人の考えが伝わっているかのような顔をした。
「あなたはやさしい人ね。私はいいわ。おばあさんを連れていってあげて。」
そして、老婆は不思議な笑顔を見せた。
「私はいいのですよ。まだ、この子は若い。ここで終わらせる人生じゃないのです。」
少女と老婆はいつのまにか消えるような事はなかった。
旅人は悩みに悩んだ。
とても二人とも連れて帰れるようなあまい状況じゃなかった。
しかし、どちらを助け、どちらを見殺しにする事なんてできない。
だけど・・・。
「少女はまだ人生は長く、明らかに老婆の方が残された人生は短い。」
そんな冷たく極めて論理的な考えが頭をよぎる。
そして、そんな考えをしてしまった自分に旅人は嫌悪感をおぼえる。
だけどそれが自分の本当の姿なのかもしれない。
そんな事は極力考えたくはなかった。
いくつもの考えがよぎる。
どうしたら二人ともを助けられるか。
しかし、決して一つの考えにはたどりつかない。
ひとつだけ、二人ともを助ける術があることに、気づかない振りをしている自分がいる。
所詮、偽善者なのだ。
いや、違う。人間として当たり前なのだ。
本当はわかっていた。その方法を選ぶ事が、自分の信じていた自分であり、そう在りたかった。
だけど、やはり自分を犠牲にする事はできなかった。
二人を助ける術もこれでなくなった。
だけど、一人を選ぶ悪にもなれなかった。


そして、旅人の旅はここで終わった。

Copyright(c): palan 著作:ぱらん


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