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<2002年05月某日>

薄暗いバーで、私は一人ブラッディマリーを飲んでいた。
ここでは時間がゆっくりと流れている。
しかし、ある人間のひとことで、その均衡はやぶられる。
「解散だ、解散」。
ケイタイを片手に興奮したその男は、足早に店を出て路駐していたスポーツカーに乗り込んだ。
それまで飲んでいたサイドカーの料金も払わずに。
私はカウンター越しにその状況を冷静に見つめているバーテンダーに聞いてみた。
「いいの? いっちゃったよ」 すると、そのバーテンは眉一つ動かさず 「いつものことですから」と言い放った。
さらに、「3分後には店が空になりますよ」 と付け足した。
私はキツネに両方の頬をつままれ茫然自失。
気がついたときには、客は私一人になっていた。
「ねぇ、どういうこと?」 混乱した私は再び無口な男の口を開いた。
「聞こえませんでした?」
「なにを?」
「解散という言葉」
それは確かに聞こえたが、いくらなんでもそれだけでは理解に苦しむ。 それがモーニング娘。なのか、ビビるなのか、はたまた不仲説のあるTake2なのか、私の頭は壮大なカオスへと突入した。
すると秘書からの電話が。
「何してるんですか!! 大変ですよ」
「どうしたの?」
「あなたはどうして歴史的瞬間をいつも見逃すのですか?」
たしかにその通りだ。
中華航空機が墜落したとき、私は部屋で英単語を覚えていた。
阪神大震災が起きたとき、私はまだ夢のなかにいた。
岡野が中田のパスに追いついたとき、私は子供に関数を教えていた。
NYの貿易センタービルにハイジャック機がぶつかったとき、 私は地下でネズミとたわむれていた。
私は歴史が動いたとき、どうしてもその場にいあわせない。
そういう運命なのだ。
秘書の声は続く。
「ヤマタクがしでかした結果、解散ですよ」
ちょっとまて、キムタクは私がかつてバックダンサーをつとめていた男だが、ヤマタクとはなんだ。
リュック・ベッソンが制作して、あまりパッとしなかった映画?
それはヤマカシだ。
ヤクザが終電に乗り遅れた人を強引に家まで運ぶもの?
それは白タクだ。
このままではラチがあかないと判断した秘書は、電話を切り写メールを送ってきた。
そこには、彼女とレンタルビデオ屋での支払いをじゃんけんで決めている降谷健治とその彼女の姿に混じって、自民党ナンバー2、山崎拓幹事長が写っていた。
なるほど、解散か・・・。
そういえば、愛人に二回中絶をさせたとか、愛人の母親に自分のムスコの写真を見せたとか、中国人のスパイに手を出したとか、あ、最後の橋龍だ 。
そんな話はここでは常識だ。
そんなスキャンダルの責任逃れの解散か、はたまたこないだの補欠選挙に負けたことへの腹いせとしてか。
どちらにしても、これで店の客がみないなくなったのも当然だ。
さしずめ、イチバンにここを出た無銭飲食疑惑の彼は産経の人間か?
最後は、聖教か赤旗か、否、さくらケーブルテレビだろうか。
またしても、秘書から電話が。
「早く戻ってきてくださいよ」
「わかった、わかった」理由はなんにせよ、これから選挙だ。
スキャンダルに内閣がつぶれたのだから、どの政党も慎重に候補者を選ばなくてはならない。
ブラッディーマリーの最後の一滴を口に運び、紳士の真摯な態度に礼を言い、少し多めに金を置いて、私はそこを後にした。
「あ、そうだ。寄るとこがあるから少し遅れるわ」
秘書に連絡を入れてから、私はある人物のもとに向かった。
これから数週間は地獄のように忙しい。
もしこれが悪夢なら、いまのうちに醒めてくれ。


<2002年06月某日>

私の時計はよく進む。
それも一週間単位でだ。
しかし、それをあえて直そうとはしない。
私は、その時間的幻想を楽しんでいるのだ。
いつものように、神谷町の奥にあるバーで、ナタリー・ポートマンを飲む。
これはよそにはない、オリジナルメニューだ。
私がナタリーのファンと聞いて、マスターが気を利かせてくれたらしい。
今日もマスターは無口だ。
決して、恩着せがましいところがない。
ホロ酔い加減になったころに、例の産経新聞記者が声をあげた。
「何? ツクシと太郎が!!? わかった、すぐ行く」
相も変わらず、彼は金を払わない。
相も変わらず、マスターは寛容だ。
余計なことと思いながらも、ヒトコト。
「いいの? いっちゃったよ」
「いつものことですから」
こんな会話、この人と何回したことやら。
それにしても、ツクシと太郎って何だ?
新手の漫才コンビか? それとも・・・。
考えているうちに、店内に人はいなくなった。
誰も金を払っていない・・・。
次の刹那、私のケイタイが鳴った。
公設第二秘書からだった。
「また、いつものとこですか?」
「ああ。で、どうした?」
「あなたほど歴史的な一瞬を見逃す人も珍しいですね」
たしかにそうだ。
ビートたけしが講談社に襲撃したとき、私は世界遺産をめぐっていた。
ジョー山中が麻薬で捕まったとき、私はマリモの養殖をしていた。
田代まさしが盗撮していたとき、私はエイズ撲滅運動の指揮をとっていた。
公設第二秘書の声は続く。
「太郎と一緒にテツヤも出てるんですよ」
まてまて、テツヤって誰だ?
小室、武田、いやドリアン・T・助川改めテツヤなのか、まだ話しが見えてこない。
これではラチが明かないと判断した公設第二秘書は、電話を切って、ムービー写メールを送ってきた。
「な、なんと」
そこには、木村太郎と肩を並べる筑紫哲也の姿が・・・。
そうか、さっき産経の記者が言っていたのは「ちくし」の間違いか。
でもなぜ、この二人が一緒に?
再び、公設第二秘書が。
「通っちゃったんですよ、メディア規制法が。だからこうやってチャンネル関係なく抗議しているんです」
なるほど、これはすごい。
きっと、奥田民夫とスカパラよりはインパクトのあるコラボレートだろう。
「とにかく、先生も早く抗議しましょうよ」
秘書の声はあわただしい。
ムリもない、こんな法案が通ってしまっては、報道が制限されて仕方がない。
安西ひろ子が三回も成人式を挙げたとか、
石川梨華がJrの亀梨とできているとか
中川家の弟がバツイチだとか、
そんなことが自由に言えなくなってしまう。
「わかった、すぐ戻るよ」
ナタリー・ポートマンの最後の一口を飲みほし、無口な男に少し多めに金を渡して店を出た。
「あ、そうだ、寄るとこがあるから少し遅れるわ」
公設第二秘書に連絡を入れて、私はある人のもとに向かった。
これから数週間は死ぬほど忙しい。
もしこれが夢ならいまのうちに醒めてくれ。


<2002年07月某日>

静かな夜、こんなに静かなのは久しぶりだ。
ついこの間まで、あれやこれやと忙しかった。
落ち着いて酒を飲むのも、どれくらいぶりだろう。
「オレンジマスカレード」、今日のラッキーカラーに合わせたカクテルを注文。
そういえば、無口のマスターはどことなくトム・クルーズに似ている。
シェーカーを振るその姿は、映画「カクテル」のトムそのものだ。
しかし、腹が減った。
そうだ、この店にはなんでもある。
私がなにをオーダーしても、マスターはボソッと「あるよ」と言う。
よし、今宵は私がフランスに留学していたころによく食べたものを頼もう。
「小鳩のムニエル」
すると、間髪入れず、マスターは
「ありません」
私の妄想癖もここまで来ると立派だ、思わず自画自賛してしまう。
なんてくだらないことをしていると、例によって産経の彼が。
「なに!!! 白ヤギさんたらお手紙書いた。黒ヤギさんたら読まずに食べた?」
またしても、わけのわからないことを口走り外へ。
安心しろ、続きは責任持って私が歌おう。
「仕方がないからお手紙書〜いた。さっきの手紙のご用事・・・・」
「なあに」
驚いた、輪唱の最後をかざったのは、無愛想なマスターだった。
かつてNHKで「連想ゲーム」という番組が放送されていた。
キャプテンの出すヒントから答えを考えるという至って単純なゲームだ。
私はこれがかなり得意だったため、NHKから出演の要請がきたこともある。
しかし、さきほどの歌から連想されることとは、いったい何だろう。
すると、タイミングよく私設秘書から電話が。
私の事務所にいる唯一の女性だ。
「どこにいらっしゃるのですか?大変ですよ」
この娘は、茶道の3代目家元らしく、言葉は丁寧だ。
「どうした? 森監督が退任でもしたか?」
「・・・・」
この娘にシャレは通用しない。
「で、どうしたんだ?」
「あなたほど歴史が変わる瞬間を見逃す人も珍しい」
たしかにその通りだ。
金八先生のロケが荒川の土手で行われていたとき、私は文化祭の準備に精を出していた(事実)。
細川連立政権が誕生したとき、私はFF。
でオニオンソードを探していた。
毒入りカレーがブームになったとき、私はカイオー星で駄洒落を考えていた。
私は歴史が動いたとき、その場にいあわせない。
そういう運命なのだ。
私設秘書の声は続く。
「ヤマトが暑中見舞いを持ってきたんです」
なに、ヤマトが!!?
あんなデカイ舟がどうやってうちの事務所に入ったんだ?
いや、「おい、お前ら!! 俺が暑中見舞い持ってきたからよ。
これで文句ねえだろ。・・・城島さん、ちょっと外出てもらっていいですかね?」のヤマトかもしれない。
これじゃあラチが開かないと判断した私設秘書は、電話を切ってFOMAに画像メールを送ってきた。
なんと、お手紙を運んで来たのは黒いネコ。
私設秘書の声はまだ続く。
「成立ですよ。信書便法案が」
なるほど、ついに郵政事業も民営化されたのか。
すると、さきほど産経の記者が言っていた「黒ヤギさん」とは黒ネコの間違いか。
「とにかく早く帰ってきてくださいよ」
「なんで? 別に悪いことが起きだわけじゃないだろ」
「それが起きたんですよ。抵抗勢力の反対を押し切って成立させてしまったので自民党の空気がおかしいなったんです。詳しくは戻ってから話します。だから急いで!!」
「わかった。わかった」、なんにせよこれから一悶着ありそうだ。
黙って店を出ようとしたら、マスターがものすごい形相でにらんでいるのに気がついた。
俺は金を払わないとダメってことね?
面倒なので、ライフカードで支払うことに。
「お釣りはいらないよ」、・・・またにらまれた。
「あ、そうだ。寄るとこがあるから少し遅れるわ」
私設秘書に連絡を入れてから、私はある人物のもとに向かった。
これから数週間は地獄のように忙しい。
もし夢なら早く醒めてくれ。

Copyright(c): Yuu Fukutani 著作:福谷 優

◆「下町ボレロ」の感想


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