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  数字に関する新聞記事の切り抜きを始めて、もう5年くらいになるだろうか。理由は……、よくわからない。40歳を過ぎて、記憶の衰えを感じたからだろうか。とにかく、数値に関する物忘れがひどくなった。それを意識すると、余計に数字が気になってくる。気になる記事の中に数字が記載されていると、念のためにと切り抜いておくようになった。今はそれが逆転して、数字が書いてある記事を選んで切り抜きをするようになった……、いや、これも多分にこじつけくさいな。私は単に、数字が好きなだけかもしれない。
 1日に切り抜く記事の数は微々たるものだが、溜まるとけっこうな量になる。これを、不要になった通販のカタログ本に貼って整理するのだが、あとで読み返してみると、これがどうして、なかなか面白いのだ。その数値には、今の世相が如実にあらわれている。それに、具体的な数字を上げて説明されると、なるほどなと納得させられてしまうのだ。
 昨今の気になる記事を、いくつか紹介してみようか。まずは“野良象”に関する数字から。
 インドでは、象の群れが人を襲う事件が相次いでいる。同国北東部アッサム州では、今年だけで50人以上が死亡したとの推計もある(昨年8月の新聞記事)。これは、国境を接するバングラデッシュから農民などの流入が続き、それに伴う耕地の増加で森林面積が激減、生息場所を追われたのだ。そのため、森林保護のため伐採を厳しく制限、アッサム州で木材運搬などに使われていた2,000頭の象の約8割が“野良象”になってしまった。悪循環である。象の標的は野外の住民だけではなく、人家をを襲い、魚や米、さらに地酒まで平らげる……。
 この記事を読んで、日光の野生猿の被害を思い浮かべてしまった。いずれも原因は人間にある。猿だったら、せいぜい食べ物や作物を荒らされるくらいだろうが、象に襲われたらタダではすまない。インドは象の頭を持つ「ガネーシャ」で知られるお国柄だけに、単に駆除するわけにもいかないようだ。この短い記事の中にも、環境や難民問題の深刻さがうかがわれる。
 次はトイレの話題。日本と韓国のトイレに関する民間団体が、トイレ利用に関する意識調査を実施した。その結果によると、日常生活でトイレが重要だと考えている人は両国とも9割以上、しかし公共トイレに対する満足度を尋ねると、「満足」「やや満足」を合わせた数は韓国で19%、日本はわずか5%だった。面白いのは、韓国はトイレを使用するとき新聞や雑誌など読み物を持っていく人が51%いたのに対して、日本は「持ち込まない」と答えた人が93%。ただ、それだけのことだが、何故だろうかとあれこれ推測してみるのも面白い。案外、食文化の違いにも原因があるのかもしれない。
 次は犯罪についての数字。外国人犯罪の急増などで、東京の留置場が“飽和状態”になっている。昨年の1日平均の留置人数は10年前の2.5倍にあたる約2,400人で、ピーク時には収容定員2,670人をオーバーして、1人あたり畳1枚分まで就寝スペースを切り詰めた署もあったという。
 この記事を読んで、時代劇の牢獄のシーンを思い浮かべてしまった。逮捕後滞在する平均日数は、個々の事件の複雑化で長期化が進んでいるらしい。一昨年が34.7日で、昨年はさらに伸びている。それだけ長い間、同じ釜の飯を食えば、ある種の人間関係ができるのは当然で、あるいは現代版の牢名主のような輩も出現しているかもしれない。
 犯罪を抑制するには刑罰を重くすればいい、これは昔から言われてきたことだ。確かに最近の新聞記事を読むと、あんな事件を起こしたのに、こんなに軽い刑ですむの? と思える判例が多い。オウム裁判のように、だらだらとした公判システムにも大いに問題がありそうだ。しかし、お隣の中国の刑罰をかんがみると、日本の司法システムはまだマシに思えてくる。
 記事によると、中国政府が犯罪撲滅運動「厳打(容赦なく打撃を加える)闘争」を強化し、死刑判決を乱発しているという。4月の新華社報道を総合すると、「厳打闘争」で少なくとも119人が死刑判決を受けた。人数を明記しない報道も多く、実数は大幅に上回っていると見られる。香港の人権組織「中国人権民主化運動ニュースセンター」は、4月1日から26日の間だけで、560人に対する死刑を執行した。この数字が本当かどうかはわからないが、冤罪の可能性を考えると背筋が寒くなってくる。
 精神の荒廃が外部に向かうと犯罪になるが、内部に向かうと自殺という結末を迎える。視点を変えれば、自殺もまた殺人である。全国で昨年1年間に自殺した人は、過去最悪だった一昨年より0.6%(185人)多い33,048人。「生活苦・経済苦」の自殺が一昨年より337人増えて2,779人だから、現在の経済状況をそのまま反映している。そして、全体の自殺者のうちの71.1%が男性だというから、これも強い女性の世相を表している。
 男の方が社会的なプレッシャーが強いという分析もあるだろうが、興味深い数字を最近、目にした。いわゆる「引きこもり」についての調査報告だ。調査の対象となったのは、全国56か所の精神保健福祉センター。「精神病以外で、6か月以上家族以外の人と交流しない中学生以上の人」の事例を分析している。それによると、相談件数の72.5%が男性なのだという。この割合は、自殺者のものとほぼ一致している。男の方が、精神的にモロいのだ。この傾向は、今後ますます顕著になると、これらの数値が示している。

 最後まで、勝手気ままな独り言につき合ってくれて、ありがとう。機会があったら、またこの場で会いましょう。

◆「数値フェチの独り言」の感想

*この作品は2001.5月号に発表されたものを再編集しました。


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