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1月20日 月曜日 晴れ
今日から三学期が始まった。
短い三学期が終わると、春からはぼくもいよいよ受験生になる。
一生懸命に勉強して父の出身高校に合格し、そのまま良い成績を維持して大学に進み、将来は父の後を継げるように頑張ろう。
家族の期待通りに生きること、両親が誇れる息子でいることが、ぼくの喜びだ。
丁寧な字でそう書くと、ぼくは日記帳を閉じて英和辞典の箱にすっぽりと納め、本箱の右から三番目に差し込んだ。
それからパソコンを立ち上げてパスワードを打ち込み、隠しファイルを呼び出した。

1月20日 月曜日 晴れ
今日は隣の席のヤツの教科書を持ち出して、トイレに詰め込んでやった。
後でトイレの前を通ったら水が溢れて大騒ぎになっていた。
隣のヤツは自分が教科書を忘れたと思ったらしいので、机をくっつけて親切に見せてやった。
なんてったって、ぼくはクラス委員長だからね。
学校では色々とストレスを解消できるけど、家に帰ると母親という名の独善的な女がウザくてたまらない。
一日中ぼくを監視して勉強をさせ、ぼくのためだと言いながらあれこれと世話を焼き、ぼくを自分がいないと生きていけないロボットにしようとしている。
自分の虚しさや不満を、息子の人生に乗っかって埋めようとしているんだ。
ぼくが学校に行っている間に、部屋の掃除を口実に隅々まで調べているのは解っている。
ぼくの日記をこっそりと読んでいることもね。
本棚の辞書を置いてある一角に、思春期の少年らしく、ぼくが隠してある日記帳を見つけて、満足と優越感に浸りながら読んでいるあの女の顔が見えるようだ。
息子のことは総て把握しているの。
こんな場所に日記を隠すなんて、本当に可愛いわ。
あの子はいつまでも私の手の中の宝物。
そんなことを考えているのは解っている。
総て把握しているのはこっちの方なんだから……。
見たいものを見せ、思いたいように思わせてやる。
これが本当の親孝行さ。
本物の日記を書き終わると、ぼくは出会い系のサイトに接続し、女子高生を装った書き込みを始めた。
偽の日記を読ませておけば、あの女はそれで安心してパソコンまでは開かない。
そんな知識もないしね。
愚かな親を持つと、子どもは苦労するよ、全く。


Copyright(c): Nao Nakazato 著作:中里 奈央(ご遺族)

*ゴザンスの「右から3番目の本」という課題テーマに参加。
*タイトルバックに「CoCo Style 」の素材を使用させていただきました。
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中里 奈央(なかざと なお)
某大学哲学科卒業。「第4回盲導犬サーブ記念文学賞」大賞受賞。「第1回日本児童文学新人賞」佳作入選。「第3回のぼりべつ鬼の童話コンテスト」奨励賞受賞。
自らのホームページ(カメママの部屋)を運営する傍ら、多くの文芸サイトに作品を発表。ネット小説配信サイト「かきっと!」では、有料メールマガジン「かきっと! ストーリーズ」の主力作家として活躍。平成15年10月17日、病気のため逝去。

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