グランプリに輝いた舘里々子さんの「桜鬼」は、人間の愛憎の機微が実に巧みに活かされています。人物描写が濃密で、男の身勝手さや女性のしたたかさが存分に描かれています。エンディングの説明不足や、題材的にややインパクトに欠けるという指摘もありましたが、総合力が高く評価されたのだと思います。おめでとうございます。
 民話を題材にした「母也堂」も、印象深い作品でした。

 準グランプリの蒼井上鷹さんの「密封された想い」は、稀覯本というユニークな素材をうまく使いこなしています。簡潔な描写も、推理小説によくマッチしています。ただ、読んでいるうちに、細部にいくつかの疑問を覚えました。
・主人公の祖父が、自宅でみつけたはずの大切な本を、どうして外に持ち出して歩いていたのか?
・「そうじさま」との寄贈の宛名、ふだんはそう呼んでいたとしても、書くときは漢字を使うのが普通では?
・いくらゲラの段階で読んでいても、本ができたらすぐに再読して、奥さんに感想をいうのでは?
 大きな傷ではありませんが、ジャンルが推理小説だけに、このあたりの都合の良さが気になりました。
 読み物としての面白さでは、この作品がナンバーワンかもしれません。参考記録になりましたが、愛読賞で高い支持を集めたのも頷けます。おめでとうございます。

 惜しくも次点に終わった青さんの「WATER MAGIC for endless tape 」は、流麗な文体とシュールな物語で、センスの良さと豊かな将来性を予感させてくれます。ただ、読み物としての面白さは今ひとつ。この作者ならば、この点もクリアできたのではないかと思うだけに、次作が読みたかった作者のひとりです。
 内心、有望株ということで、最初からわたしの特別賞候補でした。ランキングでこれだけポイントを集めるとは正直、意外でしたが、それだけ作者の資質が高く評価されたのだと思います。頑張ってください。

 冬城カナエさんの「1と0」は、題材としては一番、新鮮でした。孤独なハッカーと、ウイルスであるヒカルちゃんのやりとりが愉しい。ある意味、人工知能との友情物語で、現代人の希薄な人間関係を象徴しています。
 ただ、サイバーテロ課の刑事が登場してくる後半部分は、評価がわかれるでしょうね。わたしは、星の説教くさいセリフが気になりました。ヒカルちゃんの謎解きも含めて、後半部分をもっとドライに仕上げれば、ワンランク上の作品になったと思うのですが……。
 愛読賞受賞、おめでとうございます。冬城さんの他の2作品も、レベルの高い作品でした。

 宮沢静香さんの「投石PUPPY」は、言葉が躍動していています。読んでいて、文学臭のないしゃべり口調がとても心地良い。こうしたポップ調の文体は、同人誌やネット上で時々みかけますが、ここまで自分のリズムで書ける人は希少です。キイワードもうまく使われていますが、23にこだわりすぎて、いささかバランスを崩してしまった感があります。
 今度は、もっと物語性のあるものを読ませていただきたいですね。

 以上が、最終候補作に対するわたしの感想です。この5作品のうちのどれがグランプリになっても、わたしは納得できたと思います。ジャンルや持ち味が異なる作品ですから、選考も難航しました。その差は僅差であったというのが、わたしの印象です。

● 選考結果 ● 高岡水平 ● 石井久恵