●NEXT (No.25)



「目標消失」
裕一は制圧した部屋を見渡しながらつぶやいた。部屋は真っ暗だったが、赤外線受像式の個人用暗視装置を使用している裕一には床に転がっている敵の姿がはっきりと分かった。
「動くなよ」
裕一はそう言って、床に転がっている敵の数を数え始めた。敵はすべて裕一の投げたまくらで倒されていたが、死んだり怪我をして動けない訳ではなかった。始まる前に交わされた規則により、まくらをぶつけられた参加者はまくらをぶつけられたところから動いてはいけないことになっていた。
「……十七、十八、十九、二十……」
「個人用暗視装置」というハイテク機器の威力を目の当たりにしながら、裕一は敵の数を数え続けた。もちろん、倒された振りをしている敵がいるといけなかったから、まくらをぶつけて「とどめ」を刺しながら数えた。
 「おかしい」
裕一は何度も数え直してみたが、倒した敵の数は二十一人しかいなかった。
「後二人はどこへ行ったんだ」
この部屋には二十三人の敵がいたはずで、その中には敵の大将も含まれているはずだった。それなのに、床に倒れている敵の数は二十一人しかいなかったし、肝心の敵の大将もいなかった。
「どこかに隠れているのか」
他に逃げられる場所などないはずだったから、裕一は改めて部屋の中を捜した。
 裕一の視界の隅で何者かが動いた。
「そこだ」
裕一の投げたまくらが当たるより一瞬早く、何者かが動いた。裕一の投げたまくらはむなしく宙を切り、何者かは裕一に向かって突っ込んで来た。
「負けてたまるかー」
何者かは隠れていた敵の一人だった。裕一はすかさず持っていたもう一つのまくらを投げ付け、今度は顔面に命中した。まくらを顔面に受けた敵はそのまま裕一の脇に倒れた。
「後一人」
手持ちのまくらがなくなった裕一はすぐに落ちているまくらを拾おうとした。
 そのときだった。裕一の背後から飛んできたまくらが裕一のすぐ脇をかすめた。
「くそっ」
裕一がかろうじてまくらをかわすと、すぐに次のまくらが飛んできた。狙いはさっきより不正確だったが、敵の大将に間違いなかった。
「いい加減に降伏しろ」
「誰が降伏などするものか。俺は絶対に最後まであきらめんぞ」
敵の大将は一人だけになってもまだ強気だった。裕一は敵の大将が気付かないうちにまくらを拾ったが、敵の大将は正面にある机の陰に隠れているらしく、裕一の暗視装置でも姿を確認することができなかった。
 「一人だけで何ができるというんだ。おとなしく降伏しろ」
「うるさい、黙れ。俺は一人だけでも最後まで戦ってみせるぞ」
敵の大将が徹底抗戦を叫ぶ中、裕一は気付かれないように正面の机に近付いた。相手の姿が確認できない以上、一気に勝負を付ける必要があった。
「そっちから来ないならこっちから行くぞ」
裕一はそう叫ぶと、机を飛び越えて敵の大将に迫った。
 勝負は一瞬だった。敵の大将は裕一に抵抗する暇もなく、まくらをぶつけられて倒れた。
「大統領、どうやら勝負は付いたようだな。約束どおりあんたの国をもらうぞ」
「くそーっ。こんなことならもっと条件を厳しくしておくべきだった」
敵の大将である敵国大統領は裕一の前でひどく悔しがった。この世界では死者を一人も出さない戦争として「まくら投げ」が採用されていて、この戦いもそんな戦争の一つだった。

 

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