●NEXT (No.27)



 ごととん ごとん がたん

 少女は、小さく身じろぎした。ゆっくりと目を開き、少しの間、ここがどこかわからないように視線をさまよわせる。

 ごととん ごとん がたん

 視線は、隣と言えるほどに近い進行方向側の隣の車両との連絡口のドアと、逆に一車両分ほど遠い出発方向側の隣の車両とつなぐドアを認め、途中、車窓を流れる風景を認め、向かいに座る少年のところで止まった。

「目、覚めましたか?」
「はい。・・・・あの、あなたは・・・?」
「アオイといいます。あなたも探し物を?」
「・・・はい」
 
 少年に言われて、少女は自分がここにいる理由を思い出した。
 そう、探し物。
 そのために、無理にこの電車に乗り込んだのだ。

 ごととん ごとん がたん 
 
 少女は、網棚に目をやった。そこには、大きなスーツケース。どうやってのせたのか不思議で、落ちてこないかと不安になるところだが、少女は心底安堵した。
 よかった。あれまでなくしたら、もうどうしていいかわからないところだった。

「あなたも、探し物?」
「ええ。記憶を、なくしてしまって。名前しか、僕のものだと胸を張って言えるものはないんです」
 
 肩をすくめる仕草が、無理なく似合っている。
 二十二、三といったところだろうか。少女は、半ば無意識にその年齢を推測した。二十二、三くらいに見える、少年。本来そぐわない筈の表現だが、この空間ではあてはまる。

 ごととん ごとん がたん

「それは・・・大変ですね」
「まあ、なくてもそれなりにやってますけどね。あなたは? 何を探しているんですか?」
「まくらを」
「まくら?」

 少年は、興味を惹かれたように目を見開いた。そうすると、本当の少年のようにも見える。
 少女は、肯いて網棚のスーツケースに目をやった。

「生まれたときから毎年、父が買ってくれたんです。十二のときに亡くなるまで。零歳から始まって、誕生日には、歳よりひとつ多いまくらがありました」
「毎年買い換えていたというのではなくて、ずっととっておいたんですか?」
「はい。十三歳のときからは母が買ってくれて、大学を出たら自分で買おうと、思ってました」

 ごととん ごとん がたん

「買ってもらったんです、白いふわふわのまくら。でも、あの中には二十二個しかないんです」

 二十二歳の誕生日に、二十三個。確かにあるはずなのに、どこにもなくて。

 ごととん ごとん がたん

 電車の外を、だだっ広い草原が流れていく。消失点の在処(ありか)を求める術(すべ)もなく、ただただ地平線が広がる。
 花でも咲けばいいのに、と思った次の瞬間に、少女は草原がただの草ではなく秋桜(コスモス)で埋まっていることに気づいた。

 ごととん ごとん がたん

「枕消失事件、ですか。それとも、紛失事件?」
「消失、です。私がどこかにやってしまったはず、ないんです。確かに持ってたんだから」

 うーん、と、あごに手を当てて、少年は呟いた。そうすると、老齢の知恵深い人に見える。
 視線は、窓の外を消失点を探すかのように遠くをさまよっている。

 ごととん ごとん がたん

「なくなったのは、新しいまくらですか?」
「え?」

 ごととん ごとん がたん

 少女は、驚くほど動揺していた。
 どのまくらがなくなったかなどと、考えてもみなかった。二十三個あるはずが一つない、二十二個しかない。それしか認識していなかった。
 少女は、立ち上がって手を伸ばした。

 ごととん ごとん がたん

「手伝います」

 ごととん ごとん がたん

 少年に下ろしてもらったスーツケースを開き、座席にまくらを引っ張り出す。
 よだれで汚れて黄ばんだまくら――二歳のときのもの。
 マジックで太陽と車の落書きかあるまくら――五歳のときのもの。
 ほとんど汚れていないいくつかのまくら――高校生以降のもの。
 人が見たらごみ箱へ直行させられそうなものからまだきれいなものまで、全部で二十二個。やはり、ないのは新しい「今年の」まくらだった。

 ごととん ごとん がたん
 
 まくらを全部詰めなおして、少女は溜息をついた。

「やっぱり、今年のです」
「そう。・・・それは?」
「――!」

 真っ白い、新品のまくら。
 ふわふわの、買ってもらったばかりの。二十三個目のまくら。

 ごととん ごとん がたん

「ありがとう」

 ごととん ごとん がたん

「・・・どういたしまして」
 
 ごととん ごとん がたん

 四人がけの向かい合わせの席に、少年はたった一人で座っていた。窓の外は、相(あい)も変わらず緑の草原が流れている。
 窓枠に肘をついて掌(てのひら)に頬をのせ、少年は変わることのない景色を眺めていた。

「僕って、謎の人物だなあ」

 力なく、だがふざけるように呟く。
 
 ごととん ごとん がたん

 何人も、この電車に乗り込んでは去っていった。
 今のところ、探し物が見つからずに居残っている人物を、少年は自分自身しか知らない。少年には、他の人の探し物は見えるのに、自分の探し物は見えない。
 もっとも、記憶などもとから見えるようなものではないのだが。

 ごととん ごとん がたん

 少年は、軽く目をつぶった。まあ、なるようになるだろう。

 ごととん ごとん かたん 

 

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