●NEXT (No.49)



「ちょっと早いけど誕生日おめでとう」
そんな言葉がかけられる。


「相沢 衣織5月23日、明日で23歳・・・・・・か」


私は静かにそう呟くと、今日プレゼントにもらったばかりの枕に顔をうずめてため息をついていた
 無理をいって始めた一人暮らし、憧れていた職場、現実はそんなにいいものじゃなくて私はすっかり疲れきっていた。
「昔に返りたいな」
そう呟いて、重いまぶたをおろしていく。きっと疲れがたまっていたせいだろう。私は
驚くほど簡単に眠りの世界に引き込まれていた。

ピピピピピ・・・・・・

何年も愛用してきた目覚ましが鳴る。私は起き上がらずに腕だけを動かして目覚ましを止めると、枕に埋めていた顔を持ち上げた。
「8時・・・・・・」
そう呟いて体を起こす。ぐっすり眠れたらしく昨日の疲れは大分吹き飛んでいた。
 両手を上に上げて軽く伸びをする。それからカーテンを開けると、眩しいほどの朝の光がちっぽけな私のマンションの一室を照らしてくれる。
眩しさに目を細めて外を見る。気持ちのいい五月晴れの青空が頭上に広がっていた。

空を見上げて、私は言葉を小さく漏らす。
「そういえば、今日皆が祝ってくれるって言っていたかな・・・・・・」
高校時代の友達が、今日私の誕生日を祝おう、と声をかけてくれていたのを思い出して、もう一度私は時計を覗き込んだ。
8時10分、約束は昼の2時からだったよね。
十分間に合う、それどころかそれまでの時間を持て余してしまう。私はもう一度空を見上げて考えた。
「散歩でも行こう」

 春らしい服装で町のほうへと向かう。いつもはただ急いでいるだけの道も、ゆっくり歩いてみると、悪くないように思えてくる。
春の木漏れ日が落ちてくる道は、どこかいつもと違うような気がした。
町で、自分に何かお祝いでもしようかな。
そんなことを考えながら歩いていると、後ろから懐かしい声が聞えてきた。
「衣織?衣織じゃないか?」
少し低くはなっていたが、小さな時から聞きなれた暖かい声。
振り向くとそこには、高校の時、転校してしまった幼馴染の慎哉が立っていた。
「慎哉?!久しぶりだね、どうしたの?引っ越して来たの?」
そう私が、駆け寄りながら聞く。新しく出来たマンションの前に立っていたから、まさかと思って聞いてみると慎哉は嬉しそうに首を縦に振った。
そしてコンビニへでも行くようなラフな格好をしていた慎哉が「一緒に行こう」そう笑ったから、私たちはしばらく一緒に歩くことになった。

「衣織もここら辺に住んでるのか?」
慎哉が私に聞く。慎哉が隣に居るだけでもさっきまでの道が凄く新鮮に感じる。
私は頷きながら慎哉を見て返した。
「そうなの!最近なんだけど、一人暮らしで。もう嫌になっちゃったよ」
最近疲れていたこと、慎哉が転勤になってココに来たこと、これから慎哉が何しに行くのか・・・・・・私達は歩いている間に、ずっとあっていなかった分、沢山、沢山いろんなコトを話し続けた。
すると会話は自然に今日の誕生日のことに移り……

「そうだよ!衣織、今日誕生日じゃん!」
急に慎哉が叫ぶように大きな声で言う。私は小さく微笑んでいたずらをする子供のように
「忘れてたでしょ?」
と聞いた。すると、慎哉が大真面目な顔で頷く。ウソをつかれるのはイヤだけど、こんなに真剣に忘れられてるのもどこか寂しいものがあるな、そんな風に思っていたら
「ゴメンな」
私の顔にそんな表情が出てたんだろうか。
慎哉が急に謝ってみせた。
私は急いで大きく大きく首を振って言う。
「いいよいいよ!5年以上会ってなかったし覚えて無くて当然だもん!思い出してくれてありがと」
そう言って慎哉より早めに歩き出す。コンビニはもう目の前に来ていた。

もう、お別れか・・・・・・。寂しいけど、また会えるって思うと嬉しくて複雑だった。

時計の時間は9時45分くらい。
まだまだ時間有るな・・・・・・時間って進むのが遅いんだか速いんだか。
そんなことを思っていた時、急に後ろから
「よし!」
そんな大きな元気な声が聞こえてきて、振り返った。すると慎哉があたしの顔を覗き込んで聞く
「衣織、時間有るか?」
にっこり何か思いついたように笑う慎哉の顔を見ながら、小さく頷く
「それなりに・・・・」
そう返すと、慎哉はもっとにっこり笑った。
私を追い越して慎哉がコンビニに扉に手をかけてもう一度私のほうを振り返り満足そうに
「よしよし、じゃなんか奢ってやるよ」
そう言ってコンビニの中に入っていった。
急いで、追いかけてカゴを持った慎哉の後ろで呟く。
「安上がりだぞ!」
もちろん、冗談の意味合いを込めて。
「バカ」
慎哉が、振り返って笑って、そう答えてくれた。

「先食べちゃうよ!」
あれから大分時間がたって、私たちは小さな公園に腰を下ろしている。
慎哉は小さな子供と遊んだりしていて、まるで良いお父さんみたいだった。私もスカートじゃなかったら、参戦してたんだけどな。
今はもうお昼時だけあって子供は減り、慎哉も「腹減った!」と言って子供をお母さんのところへ帰らせていた。
私は頬杖をついて、子供たちが走ってお母さんのそばに帰っていく様子とそれを見まもるように見据える慎哉を眺めていた。

芝生に座り込んでさっきのコンビニで買ってきたお弁当を開ける。
「こんなことなら私お弁当作って来たらよかったかなー」
慎哉も隣に座り込んでお弁当のフタを開けた。あぐらをかいて、お弁当を左手で持ち上げて慎哉はご飯を口に流し込む。
そして、一通り飲み込んでから小さく私に言葉を投げるように言った
「今度は衣織の弁当もって来ようか?」
私はなんともいえなくて、小さく頷く。
きっと、今、顔真っ赤だ。
そう自分でも自覚していて、思わず伏せ目がちになる、そんな私を見て、慎哉がからかうように、目を細めて
「衣織真っ赤―」
と歌うようなリズムで笑って見せた。
「もう!」
反論なんて何も思い浮かんでこなくて、小さく漏らした言葉に慎哉が笑みをこぼす


そんな姿を見て、青空を仰いで、私は小さく呟いた。
「幸せだなー」
慎哉を見る。慎哉も、小さく笑うと空を見上げた。
「だな」


 そんなゆっくりとした時間を楽しんでいた時、さっき遊んでいたのとはまた違う子が歩いてきた。全身真っ黒の服で、ちょっと嫌な感じの子。
春の日差しに似合わない、真っ黒な影のような小さな男の子は、迷わず私の前に立つと、まるで私に触れようとでもするように手を伸ばしながら、くすくすと笑っていった。

「楽しい夢は見れた?」
夢・・・・・・?何の話?
私は、思わず身を引っ込めて顔をそむける。自分でも驚くほど一瞬で鳥肌が全身に伝わっていた。

この男の子に触っちゃいけない

そんな本能に近いような声が頭の中で鳴り響いて私は思わず感情が高ぶってしまって
「何の話!?」
と顔をしかめて男の子に叫ぶように、怒るように怒鳴っていた。
隣に座っている慎哉がビックリしたように大きく目を見開いてこっちを見て、私をなだめるように笑っていう。
「なに言ってんの、衣織らしくない」
私も、慎哉の言葉どうり、なんだか自分でもよくわからないほどに心臓が高鳴って、拒否反応でも起こすように男の子を拒んでいて。
「ホントだね・・・・・・ゴメンね」
男の子に謝ろうと顔を上げると、男の子はもう私たちの目の前から姿を消していた。

首を振って周りを見渡す。消えるはずなんてありえないのに、あの目立つ黒い服はどこにも見当たらなくて、慎哉のほうを見ると、慎哉も驚いたような顔になってから私を見て、小さく笑った

まるで、気にするなとでも語りかけてくれるように

そのあと、慎哉も一緒に友達たちと、私の誕生日を祝ってくれて、私は凄く楽しかった。
でも完全に明るくなれなかったのは、昼間の男の子の存在。
思ったよりずっと早く会はお開きになって、日も落ちる頃、私は方向が同じ慎哉と一緒に朝来た道をたどっていた

「またな!」
そう言って家まで送ってくれた慎哉は自分のマンションのほうへと向き、私に背を向け歩き始める。
私も手を振って慎哉が見えなくなると自分の部屋のほうへと歩を進めた。楽しい気分は消えはしなかったけど、幸せだなって、そうは思えたけど、どうしても昼間の男の子が気になって仕方ない。

私はできるだけ気にしないようにして、エレベーターの前でエレベーターが下りてくるのを待つ。
そんな時、後ろに嫌な雰囲気を感じて、荷物をもつ手に力をこめる。私は振り返れなくて、無視を決め込んで目を閉じた。
雰囲気だけ、そう雰囲気だけ。きっとご近所の人でいつもみたいに挨拶してくれる。

そう自分に言い聞かすようにして、つばを飲み込んだ。

だけど、そんな期待裏切るみたいに冷たい声が私の背中から聞こえてくる。
「今日はとっても楽しかったね?幸せ?」
目を開いて、耳をふさぎたくなった。ガラスが反射して、昼間の男の子の姿が背を向ける私に見える。
不適に微笑むその姿は、そうまるで悪魔のようで。

逃げるから怖いんだ。私は振り向いて男の子に言った。必死に言ったせいで上手く声が出なくて冷や汗はどんどん体を流れていく
「なんなの!?あんた!」
荷物を持つ手が痛くなるほどに力がこもっている。それでもほどく気になれなくてそのまま続けて私は言った。大人が怒ってるのにその子はまるで悪びれも泣く、怖がりもせずにニコニコと笑っている。
そして、昼間のよう私に手を差し出し、白い歯を見せて笑うと私に言った
「楽しかったよね?返してもらうよ?」

そう言って、男の子が私に触れる。避けようと思い切りそらした体はエレベーターに当たって凄く痛かった。そのせい?それとも、男の子に触られたせい?


私の意識はそこで途切れた


ピピピピピ・・・・・・

目覚ましの音・・・・・・?私はゆっくり体を起こす。あの後どうなったんだろう、それ
にどうして目覚ましがなるの?私まだセットしてなかったのに。
そんなことを思いながらも何年も使ってきたんだし壊れたのかな。
そんな風に冷静に考える自分もいて、私は携帯電話に手を伸ばした。その時、自分の服装にも気付く
パジャマだ・・・・・・

どうして?なんで?

わたしは急いで携帯電話を開くと時刻と日付を確かめた。
目は見慣れた液晶画面の一部分を追いかける
今日の、日付は5月23日 
時間は、8時10分・・・・・・

思わず、私は大きく目を見開いたまま携帯を片手に動きが止まる。
目は開いているはずなのに、私は何も見えてなくてただ混乱した頭の中をさまようように途方にくれた頭を抱えた。

あれは・・・・・・全部夢だった?
そんなバカな、痛いときは痛かったし、皆も出てきたし、それに・・・・・・それに・・・・・・
そう私は頭を抱えながら考えてふと、気付いてしまった。

あれは私の望んだ世界だ

暖かで穏やかな世界。
だけど、夢だなんて微塵も思わなかった「昨日だ」って言ってくれたほうがよほど説得力がある。私は携帯を床に落として立ち上がった。
あれは夢だった?
今だって、夢だとは思えない。

今は、現実なんだろうか

私は、今を、夢じゃないとは言い切れない

本当に、今日は、私の誕生日ですか?


私はただ立ち尽くし、夢と同じように青い空を見上げ、ベットに目線を落とした。


そこには、昨日もらったばかりの枕が無くなっていて。
私は嫌な予感がし携帯をもう一度拾い上げ、友人にまくらについて聞こうと電話をかけようとした。

でもできなかった
私、誰にあのまくらをもらったんだろう
わからない・・・・・・・




ベットの上にはかわりに黒い羽が一枚




微笑むようにただそこに存在していた

 

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