●NEXT (No.6)


 黒光りする皮の椅子には、白くて薄っぺらい紙が敷いてある。
もたれ掛かると、妙に枕が硬い。頭の位置を決めかねていたら…。
 痛っ。
足を固定するためにベルトを絞めたらしい。膝に喰い込んでいる。
こんなところで股関節が硬いのが災いするなんて。
「麻酔効いてからにしましょう。じゃ、点滴していきますので」
感じる痛みが、少しずつ鈍くなる。
「1から声に出して数えてください」
6を言った記憶はない。

 「来週の木曜でいいですね」
カルテに書かれた23と言う数字が、読めない筆記体の中で唯一読めた。
「全身麻酔をしますので、22日の夜8時以降は何も食べないでください。
持参していただくのはこの承諾書と、こちらに書かれた金額…」
思わず苦笑した。渡された手切れ金と同額なんて、出来過ぎている。
まるでこうなることを見透かしたように去っていった、
帰る場所のある人。
承諾者なんてもういない。
拳をぎゅっと握り締めて、毅然と頷いてみせた。

 気づくと真っ白い布団の中で、着てきた服をちゃんと着ていた。
時計は昼近くを指している。ワープってこんなことを言うんだろうか。
しばらくして、軽食が運ばれた。
「覚めましたか。診察は2時からなので、それまで横になっていてください」
上半身だけ起こして、紅茶を啜りビスケットをかじる。

 「あっ……」
今となっては最後の、気だるいまどろみを感じていた足元で
あの人が言葉を飲み、そそくさと始末してゴミ箱に向かった意味を
自宅のトイレで宣告されたのは2週間前だった。
でも、医師に告げる気はなかった。
失敗と言うなら、もう関係が失敗してしまったのだから。
そして、その後握らされたお金と、残していった細胞も
今、完全に消失した。

 後で名前を貸してくれた友人に電話しよう。
再び横になると、頭が枕にふわりと沈み込んで
不意に視界が滲んだ。

 ……私が奪ったんだ。命日だったんだ。私の……

 支えきれずに何かが切れた。
頑張らなくていい。
もう終わった。
終わってしまったんだ。

 …… ご め ん ね ……

 流れるままに、天井を見ている。
躯の重力に抗うことなく
墮ちていこう、白くて罪深き海底へ。

 柔らかい枕が、私の懺悔を搾り取るまで。

 

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