黒光りする皮の椅子には、白くて薄っぺらい紙が敷いてある。
もたれ掛かると、妙に枕が硬い。頭の位置を決めかねていたら…。
痛っ。
足を固定するためにベルトを絞めたらしい。膝に喰い込んでいる。
こんなところで股関節が硬いのが災いするなんて。
「麻酔効いてからにしましょう。じゃ、点滴していきますので」
感じる痛みが、少しずつ鈍くなる。
「1から声に出して数えてください」
6を言った記憶はない。
「来週の木曜でいいですね」
カルテに書かれた23と言う数字が、読めない筆記体の中で唯一読めた。
「全身麻酔をしますので、22日の夜8時以降は何も食べないでください。
持参していただくのはこの承諾書と、こちらに書かれた金額…」
思わず苦笑した。渡された手切れ金と同額なんて、出来過ぎている。
まるでこうなることを見透かしたように去っていった、
帰る場所のある人。
承諾者なんてもういない。
拳をぎゅっと握り締めて、毅然と頷いてみせた。
気づくと真っ白い布団の中で、着てきた服をちゃんと着ていた。
時計は昼近くを指している。ワープってこんなことを言うんだろうか。
しばらくして、軽食が運ばれた。
「覚めましたか。診察は2時からなので、それまで横になっていてください」
上半身だけ起こして、紅茶を啜りビスケットをかじる。
「あっ……」
今となっては最後の、気だるいまどろみを感じていた足元で
あの人が言葉を飲み、そそくさと始末してゴミ箱に向かった意味を
自宅のトイレで宣告されたのは2週間前だった。
でも、医師に告げる気はなかった。
失敗と言うなら、もう関係が失敗してしまったのだから。
そして、その後握らされたお金と、残していった細胞も
今、完全に消失した。
後で名前を貸してくれた友人に電話しよう。
再び横になると、頭が枕にふわりと沈み込んで
不意に視界が滲んだ。
……私が奪ったんだ。命日だったんだ。私の……
支えきれずに何かが切れた。
頑張らなくていい。
もう終わった。
終わってしまったんだ。
…… ご め ん ね ……
流れるままに、天井を見ている。
躯の重力に抗うことなく
墮ちていこう、白くて罪深き海底へ。
柔らかい枕が、私の懺悔を搾り取るまで。
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