●NEXT(No.79)

 

平田和夫は長年の親友である長瀬牧夫の部屋で見た物に、思わず凍りついた。
「おい、何だそれは?」
「見ればわかるだろう、ベッドだ」
「違う。俺の言っているのは、その布団の中の膨らみだ」
「ああ、抱き枕だよ」
「ちょっと見せて貰っていいか?」
「全然構わないよ」
和夫は嫌な予感を覚えつつ、布団を捲ってみる。
そこには八重歯を出して、にこっと笑う少女がプリントされた抱き枕があった。
「おい、何だこれは?」
「見ればわかるだろう、抱き枕だ」
「違う、俺が聞きたいのはそういうことじゃない」
「ああ、わかった。四葉ちゃんのことが聞きたいんだろう」
「違う、違う。そうじゃない」
満面の笑みを浮かべて四葉ちゃんとやらを説明し始めようとする友人を、和夫は慌てて止める。
「おまえ、これを何に使ってるんだ?」
「そりゃ抱き枕だから、抱いたり。それ以上はちょっと……」
「おい、抱く以外に何に使ってるんだよ」
「いやーん、えっち」
「気持ち悪い声を出してるんじゃない。まったく23にもなってこんなのを抱いてて恥ずかしくないのか」
抱き枕をひっくり返した和夫が再び固まる。
抱き枕の裏にも四葉ちゃんがプリントされていたのだが、こっち側は服を着ていない。
「こら、俺の四葉ちゃんを見るな」
「おい、何だこれは?」
「だから抱きま……」
「違う、そういうことじゃなくて。もしかして抱く以外の使い方って」
「毎日洗ってるからイカ臭くは無いぞ」
「あからさまに肯定すんな」
牧夫のあっさりと放った暴言に、和夫が声を荒げる。
「おいおい、落ち着けよ。何をそんなに興奮してるんだね。さては君も……」
「死んでもこんな物がいるか」
「こんな物って言わなくてもいいじゃないか……」
寂しそうな表情を見せる牧夫に和夫は頭痛がしてくる。
「おまえな、こんな物を抱いてて虚しくならない?」
「何を言ってる。抱き枕は安眠に充分……」
「そういうことじゃなくて」
「成人男性の自慰行為はストレス解消に……」
「違う、誰もそんなことは聞いていない。こんな二次元のキャラを抱いてて満足してるのかと聞いてるんだ」
「うーん、等身大人形の製作はお金が掛かるから」
「何でおまえはいつも論点がずれるんだ。そうじゃなくて、現実の女性でなくていいのかって聞いているんだ」
「現実の女性? あんなのの何処がいいの?」
牧夫の言葉に、和夫は彼が現実の女性への興味などとっくに消失しているのを思い出した。
だがここまであからさまに言われると、ショックが隠せない。
「まだ11枚ほど他のキャラの分があるんだけど、使うかい?」
「誰が使うか」
「どうせ君も現実に彼女が居ないじゃないか」
「俺とおまえは違う!」
同類にくくられて和夫の怒りが爆発する。
和夫の声がマンション全体へと響き渡った。

 

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