今回の選考にあたり、私は、主に以下の3つの観点から評価を行いました。一般的ではありますが、それは、物語性・表現力・発想の面白さの3点です。
 まず、グランプリに選ばれた舘里々子さんの「桜鬼」に関して言うと、上記3点がとてもバランスよく現われている作品だと感じました。桜の下の匂うような艶やかな香子の視覚的描写に始まり、吉岡夫婦の冷めた関係を感情に訴えながらていねいに描写し、いわゆるオチの部分へと滑らかにストーリーを展開していく表現力は今回のグランプリにふさわしいものだと思いました。
 準グランプリに選ばれた蒼井上鷹さんの「密封された想い」は、無駄のない文章でテンポよくストーリーを展開していく、とても物語性に優れた作品でした。読書好きの書籍マニアなら思わず引きこまれてしまう内容です。作品の中に登場する「密封された闇」の袋とじを開いて読んでみたくなったのは私だけではないでしょう。
 私の選考委員特別賞として選ばせて頂いた宮沢静香さんの「投石PUPPY」は、まだ荒削りですが、技巧的な文体を駆使して何か新しいことに挑戦してやろうという意気込みを強く感じた作品です。その技巧に溺れることなく骨太なテーマを描くようになったらかなり面白いものを読ませてもらえそうな予感を覚えました。
 また、青さんの「Water Magic for Endless
Tape」は、映像的・詩的に高度な表現を使ってJ・G・バラードを連想させる悪夢的世界をていねいに描いた作品だという印象を受けました。これに娯楽性が加味されたなら、極めて質の高い幻想小説となることでしょう。
 冬城カナエさんの「1と0」は、こんなコンピューター・ウィルスなら感染してみたいと思わせるヒカルちゃんがとても印象に残る作品でした。ネタばらしになるので細かいことは書けませんが、もう少し前半部のファンタジー的な要素と後半部の現実派路線の落差が埋められたなら、さらに魅力的な作品になったことでしょう。
 上記作品以外にも様々なジャンルの力作が揃っており、楽しんで選考を行わせて頂きました。
 世の中には様々な文学賞があります。しかしその大小に関わらず、「賞」というものは、言ってみれば一種の「お祭り」です。「祭り」と「祭り」の間にはいつも通りの「日常」が横たわっています。今回惜しくも選考からもれてしまった応募作家のみなさんも含むすべての「第1回トライアングル掌編文学賞」に参加されたみなさんが、「日常」のなかにおいて、文章を書くという行為に今以上の価値を見出されることを期待して、今回の結びの言葉とさせて頂きます。

● 選考結果 ● 石井久恵 ● 亜木冬彦