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 とどめの速射が彼のからだをつらぬき、長刀がぽろりと手からおちた。隊長はがくんと両膝をついたが、なおもそのまま這いすすんだ。いまはその存在に気づいたらしい隊長の鋭いまなざしはぴたりとアルド・ベッリ伯爵の顔にあてられていた。彼はなにやら叫ぼうとしたが、とたんに鮮血が噴きだして口腔をみたした。血だるまの隊長がとうとう戦車隊のまぢかまで這いすすんだとき、イタリア軍の銃火は不撓不屈(ふとうふくつ)の勇者に畏敬をおぼえたようにぴたりと沈黙した。

 寒くて長い冬の夜には、薪ストーブのように赤々と心を燃やしてくれる大冒険ロマンがお薦めだ。今回、紹介するウィルバー・スミスの「熱砂の三人」は、その中でもとりわけ火力の強い逸品である。
 舞台は1935年のアフリカ、独裁者ムッソリーニの領土拡大の野望のもと、イタリア軍がエチオピアに侵攻を開始した。近代的な重火器で武装した侵略軍に立ち向かうのは、粗末な旧式銃や長刀しか持たない土着の部族の騎兵たちだ。
 物語はタンガニーカの熱病海岸(フィヴァ・コースト)で、アメリカ人エンジニアのジェイク・バートンが、スクラップ同然の5台の装甲車を見つけたところから始まっている。ジェイクは、装甲車からエンジンだけを取り出して、砂糖きび破砕機用に転売するつもりだった。しかし、装甲車に目を付けたのは、ジェイクだけではなかった。イギリス人の武器商人、ギャレス・スウェールズは、列強諸国の武器の禁輸政策に苦悩するエチオピアに、装甲車を高値で売り込むことをもくろんでいた。
 ギャレスはジェイクに接近して、対等のパートナーとして仲間に引き入れることに成功する。ギャレスはエチオピアの代表に対して、ジェイクが再生した4台の装甲車を目玉に、法外な値段をふっかける。しかし、交渉相手のエチオピア北部地方の副長官、リジ・ミカエルはしたたかだった。その値段を受け入れる条件として、装甲車や武器弾薬をエチオピア領内に運び込むことを要求したのだ。エチオピアの周辺は列強諸国の植民地で、エチオピア領内に装甲車を運ぶには危険地帯を経由しての密輸しかない。かくして、流れ者二人は、エチオピア戦争の渦中へと押し流されて行く……。
 さて、表題の「熱砂の三人」のもう一人は、アメリカのジャーナリスト、ヴィッキー・カンバーウェル、29歳の美貌の才媛だ。エチオピアの周辺国のビザが降りないヴィッキーは、ジェイクとギャレスに同行して、エチオピアに密航することになる。ジェイクとギャレスは、たちまちヴィッキーに夢中になる。ロマンスでも、この物語はとても熱いのだ。

「ジェイクとギャレス……あの二人はあなたに夢中みたいね」ふたたびヴィッキーは少女のあけすけな発言に気圧され、ぎこちなく笑った。
「よしなさい、サラ」
「ほんとですもの。あなたが近づくと、あの二人はまるで犬みたいに牽制しあって、おたがいの尻尾をくんくん嗅いでるわ」美少女はしのびわらいをもらし、ヴィッキーは仕方なく笑いにつきあった。
「どちらを選ぶつもりですの、ミス・カンバーウェル?」
「あら、選ばなくちゃいけないの、わたしが?」
「そんなことないわ」サラが力をこめて応じた。「二人を同時に愛することだってできます。わたしなら断然そうする」
「……同時に愛せるものかしら?」
「ええ、わたしならね。だって、それがほんとうに愛する人をみつけられる一番の方法ですもの」


 これは、ヴィッキーとリジ・ミカエルの娘であるサラとの会話。美少女のアッケラカンとした恋愛論は、いかにも大陸育ちの大らかさに満ちていて、心地良く耳に響いてくる。この早熟の少女は口だけではなく、男の本質を見抜く鋭い観察眼を持っている。

「でも、あなたは、ミス・カンバーウェル……」サラはすぐ当面の課題に話をもどした。「どちらの男を最初にためすつもりですの?」
「そうね。いっそあなたに決めてもらおうかしら?」ヴィッキーは誘い水を向けた。
「むずかしい問題ね」サラは認めた。「一人はとても力強くて、心にいっぱい優しさを持っている男性。一人はとても美しくて、女を喜ばせる愛の手管を知りつくしている男性」少女はかぶりをふって吐息をついた。「だめだわ。わたしには決められない。あなたが思うさま人生を愉しむことをお祈りするだけ」


 炎のような情熱家のジェイク、氷のように冷静なギャレス、二人の性格を女の視点から的確に表現している。そうした二人の魅力が全編にちりばめられていて、なおかつ二人の間の友情が次第に深まって行くのだから、この熱砂の中の三角関係、最後まで油断できない。

 話がロマンスに偏ってしまった。この小説の最大の魅力は、やはり迫力満点の戦闘描写にある。冒頭に掲げた一文は、エチオピア軍の隊長が、死を覚悟してイタリア軍に突撃するシーンだ。凄惨な場面を描写してなお印象が爽やかなのは、その過程や戦士としての心情を余すところなく描き切っているからだろう。
 ここで登場するアルド・ベッリ伯爵は、イタリア軍の指揮官である。エチオピアは、ファシストに蹂躙される運命にある。小説とはいえ、歴史を変えることはできない。しかし、作者はアルド・ベッリ伯爵を徹底的にコミカルに描くことで、いや、おちょくることで、悲劇に傾かないように全体のバランスをとっている。なんとも巧みでしたたかな構成ではないか。
 もう一つ、戦闘描写について言えば、装甲車が重要な役割を果たしている。4台の装甲車はそれぞれに、ジェイクによって姫君の名を冠せられ、個性を大いに発揮しながら縦横無尽に暴れまくるのだ。廃車同然だった旧式の装甲車が、イタリア軍が誇る重戦車部隊を翻弄するシーンは、痛快の一語に尽きる。
 少々、ストーリー部分の感想がくどくなってしまった。作者のウィルバー・スミスについて、少し触れておこうか。文庫カバーの「著者紹介」によると、1933年に中央アフリカのザンビアで生まれたイギリス人、とある。いわば、生粋のアフリカーナだ。アフリカを題材にした欧米の小説には、土着の登場人物を軽視する傾向が強いのだが、この小説には人種的偏見はまるで感じられない。尊厳を持って、いや持たせて、エチオピアの人々を描いている。卑屈にもさせていない。それがこの物語に、重厚さを加味している。
 ウィルバー・スミスの作品は、冒険ロマン小説の王道を行く骨太の作品ばかりだ。「飢えた海」「虎の眼」「アフリカの牙」「灼熱戦線」等々、読み応えのある作品が並んでいる。なかでもこの「熱砂の三人」は、極上の逸品である。太鼓判でお薦めする。

Copyright(c): Masahiro Akagawa 著作:赤川 仁洋

◆「名文美術館」の感想

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