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 もしもこの女が死んだら、わたしは思った、この月の光の白い洪水のなか、磯波さかまく白い海の、巨大なシャンプーに似た蒼白い砂の上に、二度と姿を見ることはできなくなるのだ。

 スタージョンの「孤独の円盤」のことを知ったのは、ムーン・ライダーズの鈴木慶一が、彼の曲「僕はスーパー・フライ」がこの小説に触発されて書いたものであるとラジオ番組で語っていたのを聞いたときだった。「僕はスーパー・フライ」は、1982年にリリースされたムーン・ライダーズの傑作アルバム「青空百景」の1曲目に収録されている。

「僕はハエになって、君のまわりをグルグルまわる」

 そんな歌詞をリフレインする奇妙な曲だ。フレデリック・ブラウン、ロバート・シェクリ、R・A・ラファティ、シオドア・スタージョンといったSF小説の黄金時代の作家たちと、ロック音楽を愛してやまなかった当時の僕は、「孤独の円盤」が読みたくなってすぐに書店へむかった。調べてみると、「孤独の円盤」は「一角獣・多角獣」という短編集に収録されていることが分かった。しかし、残念なことに「一角獣・多角獣」は、とうの昔に絶版になっているようだった。近所の図書館にもなかった。古本屋をまわってみても、海外小説の翻訳書はとても数が少ないということを知った。

 そのうちにそんなことも忘れて8年の歳月が過ぎた。あるとき、偶然アメリカへ行く機会を得た。そこでなぜか「孤独な円盤」のことを思いだし、テキサスの古本屋を訪ねてみた。「古いSF小説だし、多分ないだろう」そう思って店の中を歩き回っていると、なんと、「一角獣・多角獣」の原書のペーパー・バックがあった。2ドル払ってすぐさまそれを買うと宿に戻った。そして、つたない英語力でむさぼるように読んだ。それでも、あらすじだけは何とか理解できた。

「なるほどね、さすがスタージョン、さすが鈴木慶一」

 心の中でそうつぶやいて一人悦にいった。

 それからまた約10年後、今度は、近所に出来た大きな県立図書館の蔵書リストに「一角獣・多角獣」の翻訳書を見つけた。そうしてやっと、日本語版の「孤独な円盤」を読むことができたわけだった。この小説にまつわる何ともまわりくどい思い出話はこれぐらいにして、そろそろ肝心の内容のほうへ移ることにしよう。

 冒頭に引用した部分は、主人公の女性が自殺しようとして海へ飛び込む場面を描写する小説の出だしのところだ。この女性はなぜ自殺しようとしたのか? その原因は、数年前に彼女を襲ったある事件にあった。

 彼女はもういちど目を上げて、ようやく、その円盤がひどく大きく、ひどく遠くにあることを知った。いや、というより、たいそう小さく、すぐそばにあるのだ。それは彼女の二つの掌をあわせたほどの大きさで、彼女の頭上、18インチばかりのところに浮いている。

 そう、とても小さな円盤が、ある日彼女の頭上に現われ、彼女にあるメッセージを伝えたのだった。果たしてそのメッセージの内容とは何か? それを聞き出すため、警察やらFBIやらが執拗に彼女を尋問する。しかしなぜか彼女は口を固く閉ざしたまま語らない。そして、そのために彼女は、世間から迫害された生活を強いられるようになる。そうまでして彼女は、なぜ円盤の伝えたメッセージを語ろうとしないのか? そうして物語は、冒頭に引用した彼女が自殺しようとする場面へとつながる。そこで、彼女の自殺を思いとどめようとする男が登場し、彼女の語ろうとしなかった事実が初めて明らかになるのだった。

 「孤独な円盤」は1953年に「ギャラクシー」誌に掲載された。1953年といえば、テレビがお茶の間に我が物顔で居座り始める少し前の、食後のひとときを雑誌の短編小説を読んで過ごす人々がまだたくさんいた時代だ。アメリカの雑誌小説の黄金時代末期といってもいいかもしれない。同じ頃に書かれたカート・ヴォネガットの初期の短編を集めた作品集「バゴンボの嗅ぎタバコ入れ」(日本語訳・早川書房刊)の序文で、ヴォネガットは当時を懐かしんで次のように述べている。

「人間に与える生理的、心理的な効果から見るかぎり、短編小説は、ほかのどんな物語形式のエンターテイメントよりも仏教風の瞑想に似ている。」

 また、これと対比して長編小説を次のように評している。

「ほかのだれも知らないか、気にかけていないだれかと永久に結婚するようなものだ。元気回復にはほど遠い!」

 最近は、文芸雑誌の衰退に伴って、短編小説のマーケットは縮小する一方のように感じられる。そして逆に、長編小説の単行本は、何だかやたらとどんどん分厚くなっていくような気がする。「孤独な円盤」は、短編小説の黄金時代に書かれた、まさに高品質の〈仏教風瞑想〉といえるかもしれない。

 20世紀前半が人類史における短編小説の最盛期であったというようなことにならないように、「文華」の読者である作家のみなさん、頑張っていい短編小説書いて下さいね。


注:「孤独な円盤」の日本語訳は、異色作家短編集第13巻「一角獣・多角獣」小笠原豊樹訳(早川書房)から引用させて頂きました。

オマケ情報:2003年7月現在、インターネットで検索すると、「一角獣・多角獣」の日本語訳は相変らず絶版のようです。また、原書も入手が難しそうです。「孤独な円盤」を含むベスト短編集 "A Saucer of Loneliness: The Complete Stories of Theodore Sturgeon" は、原書なら容易に入手可能なようです。


Copyright(c): Goro Monogusa 著作:模ノ草 五郎

◆「名文美術館」の感想

*模ノ草さんは「改心した市場主義者はサイケデリックな農民をめざす」(文芸&アート1 リンク)というサイトを運営されています。


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