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 苔生し、緑深い森の奥にも、朝日は届く。俺は、霞みながらも差し込む光に照らされた。朝の空気は、湿気を含みながらも、心地よさを感じさせる新鮮さを持っていた。動きの鈍い空気が、森林の香気を携(たずさ)えて、俺を包んでいく。ここに居ると、心は穏やかで、今まで感じた事の無い程の、幸せとすら感じ取れる安らぎに包まれている自分を感じる。
 カスみたいな人生だった。
 俺の人生は。
 俺は結局、何を求めていたのだろう。
 俺は、いつも何かを求めていた。求めているものが何なのか、それすら分からないのに。いつも求めて。求め続けて。満たされない自分の不幸を嘆いていた。
 俺は、下らない仲間達と、下らない事を繰り返し、下らないツケを払う為に、命を失った。底の浅い仲間達は、俺を人気の無い場所に捨て去り、立ち去って行った。
 その事を恨めるほどご大層な人生を、俺は送ってきては居なかった。
 だが、悪事、と、呼べるほど、頭を使う事も、鬼畜、と、蔑(さげす)まれるほど残酷な事も、出来やしなかった。
 もちろん、良い行いなど、言うに及ばず、だ。
 好き勝手に生きたがる癖に、ちっとも好き勝手な生き方は出来なかった。
 いつも誰かの誘いに乗って、いつも誰かの真似をして、いつも誰かの所為にしていた。
 ちょっとでも、楽しそうで、楽そうで、カッコ良さそうな方へ、流れていた。
 結局、楽しめなかったし、楽も出来なかったし、カッコ良くもなれなかったけれど。
 寄りかかっている木の上で、俺の体がずるりと動いた。湿った苔が、俺の体を滑らせもするし、止めもする。新鮮な腐臭が、俺の内から立ち上る。
 下らない生き方の末にしては、まあ、妥当な終わりと、言えなくも無い。不様といえば不様。悲劇といえば悲劇。喜劇と思えば喜劇だろう。
 もう、どうでもいい事だけど。
 痛めつけられた俺の身体は、意外と土馴染みがよく、土と相性が良いようだ。
 腐り、グズグズと崩れていく肉は、割と手早く土と混ざり合った。
 残されてあらわになっていく骨に、木の根が絡みついていく。
 俺は、意外なほどの、安堵に包まれていた。
 俺を嫌い、蔑む、身内の者に弔(とむら)われ、墓に入れられても、ここまでの安息は、得られまい。
 先祖と同じ墓なんぞに入れられて、説教をくらう死後、なんてものに比べたら、天国だろう。
 俺は、絡んでいく木の根と、自分を埋め尽くす土とにまみれながら、地球に抱かれているのを感じた。
 カス人生の終りにしては、気が利いている。
 俺は天を見上げた。
 白い光が、俺を導くために降りてきた。
 だが、その導きに従う気には、なれなかった。俺は土の中で、まどろみにも似た幸福感を、もうしばらくの間、味わって居たかった。
 黒い闇が、俺を取り込もうとまとわりつく。
 それを阻もうと、白い光が俺を急かす。
 俺は、まどろみにも似た幸福感を、濃い緑の香りの中で、もうしばらくの間、楽しんでいたいのに。
 死してもなお、時がくれば飲まれるべき場所があるのか。
 それなら。
 もっと早く。
 俺は、森に来れば良かったんだ。
 命ある間に。
 俺はもう呟けないし、閉じる目も、開く目も、持ち合わせてはいなかったけれど、そう思った。
 俺は、知らな過ぎたのだ。
 この世の、快楽の種類を。
 終わりに知ったこの事実が、幸なのか、不幸なのか、俺には分からない。

Copyright(c): Reo 著作:れお

◆「終わりに」の感想

*れおさんの作品集文華別館 に収録されています。 《文華堂店主》


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