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「タカシちゃーん……」
 元気な声が聞こえた。けさもオニタがむかえに来たのだ。
 ぼくは、ランドセルをせおって玄関に行き、オニタの顔を見ないようにしながら、だまりこんだまま、スニーカーをはいた。
 このたいどを見て、オニタがぼくをきらいになってくれないかな、そして、あしたからは一人で学校に行ってくれないかな……。
 四年生になってから、毎朝そんなことを考えてしまう。でも、オニタは、ぼくの気持ちになんか気づいていないように、来月の運動会のことを話している。
 オニタは足も速いし勉強もできる。幼稚園のころから人気者だったし、先生にも好かれていて、ずっとクラス委員をしている。
 ぼくたちがもっと小さかったころは、オニタの頭に2本のツノが生えていることも、かみの毛がちりちりの茶色だということも、顔が赤いことも、眼や口が大きいことも、だれも気にしていなかった。
 オニタは最初からそうだったし、見た目はみんなとちがっていても、いっしょに遊んで、いっしょに笑う友だちだった。
 なのに、このごろ、みんながオニタをさける。そして、オニタと仲の良いぼくにまで、何となくよそよそしいのだ。
「おはようー」
 大きな声でそう言いながら、オニタは教室の中に入る。でも、クラスのみんなは、それがオニタの声だとわかると、気まずそうに目をそらし、だれも返事をしない。
 オニタは鬼の家族の一人っ子だ。もともと鬼一族が住んでいたこの町に、人間が公園や道路を造り家を建て、どんどん進出してきたので、鬼たちはいつの間にか、もっと山奥にひっこして行ってしまったのだそうだ。
 オニタの家族だけは、代々、鬼神様を守ってきた大切な役目があるので、今でも小さな神社に親子三人で暮らしている。
 おじさんもおばさんも、顔は怖いけどやさしくて親切な人たちだ。
 ぼくの両親はオニタの家族と仲が良いし、ぼくだってオニタが好きだけど、でも、今のままなら、きっとぼくまで仲間はずれになってしまう。一体、どうすればいいのかな。
「今日はまず運動会のおうえんのグループ分けをします」
 担任の洋子先生が、メガネのおくの丸い目でみんなを見回した。
「クラス委員の四人にリーダーになってもらって、あとは抽選でメンバーを決めます」
 洋子先生がそう言うと、数人の生徒が待ちかまえていたように声を上げた。
「ぼく、オニタのグループはいやだ」
「私も、いやです」
 教室中が大さわぎになってしまったので、グループ分けは明日になった。
 ぼくはその後、一日中オニタとは話をしなかった。オニタの顔を見ることができなかったのだ。そして、いつもなら帰りもいっしょなのに、気づいたときには、オニタはもう学校からいなくなっていた。
 急に泣きたくなった。自分をきらいになりそうだった。ぼくは、ランドセルをせおうと、教室から飛び出した。
 町のはずれに赤い鳥居がある。神社のおくがオニタの家だ。走って鳥居をくぐったとき、オニタの後姿が見えた。気をつけのしせいで真っすぐに立ち、鬼神様を見上げている。
 近づこうとした瞬間、大きな声が聞こえたので、思わず植え込みのかげにかくれた。
 お腹にひびくような、太くて力強い声が、
こう言った。
「お前は毎朝神社の掃除をし、欠かさずお参りをする感心な子どもだ。これからも掃除とお参りを続けるなら、人間にしてやろう」
 鬼神様だ。真っ赤な怖い顔が、オニタを見つめてしゃべっている。オニタを人間にすると言っている。
 ぼくは、心の中でヤッターと叫んだ。オニタが人間になれば、ぼくもオニタも、よけいなことで悩む必要がないんだもの。
 オニタはじれったくなるほど長い間、だまって鬼神様を見つめていた。それから、はっきりと言った。
「ぼく、人間にはなりません」
 ぼくもおどろいたけど、鬼神様もおどろいたように、大きな目をもっと大きく見開いた。
「毎日の掃除とお参りがいやなのか」
「掃除もお参りも、毎日続けます。でも、ぼくは鬼のままでいたいんです。人間になったら、お父さんとお母さんの子どもではなくなってしまうもの。ぼくがぼくではなくなってしまう」
「人間になりたいと、ついこの間、言っていたではないか」
「あの時はそう思ったけど、ぼく、決めたんです。ぼくはぼくのまま、オニのままで、みんなと仲良くできるようにがんばるって」
「そうか、わかった。もう二度と人間になるチャンスはないぞ。いいな」
「はい」
 その返事は、とても力強かった。そして、それきり、鬼神様の声は聞こえなくなった。
 オニタはしばらくそのまま立っていたけど、やがて家の方に歩いて行った。いつもと同じ、胸を張った堂々とした歩き方だった。
 ぼくは、植え込みのかげにかくれている自分が弱虫のずるいやつのような気がして、オニタの前に出て行くことができなかった。
 次の朝、オニタはいつもどおりにぼくをむかえに来た。ドキドキしながらオニタを待っていたぼくは、オニタよりもっと元気に玄関に出て行き、大きな目をしっかりと見ながら、笑顔でおはようと言った。
 オニタはちょっとびっくりした顔をしてから、安心したように笑った。ぼくたちは、久しぶりにふざけ合いながら学校へ行った。
 グループ分けのとき、またみんながオニタといっしょになるのはいやだと言い出したけど、ぼくは手をあげて立ち上がった。そして、教室の中を見回しながら、思いっきり大きな声で言った。
「オニタと二人でグループを作ります」
 すると、いつもはおとなしくて何も発言しない生徒たちが、次々と、自分もと言いながら立ち上がった。
 みんながオニタをさけているように見えたのは、活発で目立つ生徒たちがそう言っていたからで、決して、クラス全員の気持ちじゃなかったんだ。どうして、そんなことに気づかなかったんだろう……。
 ぼくたちは、オニタをリーダーにして、ひとつのグループを作ることができた。一番、人数の多いグループになった。
 そうだよね、オニタはオニタのままでいいんだ。ぼくもみんなも、そのままのオニタが好きなんだもの。これからもずっと……。
 運動会が楽しみだ。

Copyright(c): Nao Nakazato 著作:中里 奈央(ご遺族)

*「第3回のぼりべつ鬼の童話コンテスト」奨励賞受賞作品。
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中里 奈央(なかざと なお)
某大学哲学科卒業。「第4回盲導犬サーブ記念文学賞」大賞受賞。「第1回日本児童文学新人賞」佳作入選。「第3回のぼりべつ鬼の童話コンテスト」奨励賞受賞。
自らのホームページ(カメママの部屋)を運営する傍ら、多くの文芸サイトに作品を発表。ネット小説配信サイト「かきっと!」では、有料メールマガジン「かきっと! ストーリーズ」の主力作家として活躍。平成15年10月17日、病気のため逝去。

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