●NEXT (No.13)


 朝起きると、枕から毛が生えていた。毛、である。3本。最初は抜けた髪の毛が刺さっているのだろうと思って、1本引っ張ってみた。が、なかなか抜けない。くいっと力を入れると、やっと引っこ抜けた。根元に毛根がついていた。
 ああ、枕も生きているんだ、ということで、布団は押入れにしまったが、枕はしまわずに、箪笥の上において仕事に出掛けた。

 枕から毛が生えたんです、と隣の席のモモイさんい言ったら、そんなこともありますよ、といってサイコロキャラメルを一個くれた。そんなこともあるのか。僕は枕から毛が生えたのは初めての経験だったので、少し混乱していたようだ。

 仕事が終わって、うちに帰ると、毛は明らかに伸びていた。風も無いのに少しそよいでいて、まるで私にお帰りなさいを言っているようだ。抜いたはずの一本も、なぜか元の場所に生えている。といっても、私には毛の区別などつかないので、もしかしたら、新しい毛なのかもしれない。とりあえず今日も疲れたので、押入れから布団を出して、それを敷いて、寝た。

 毛はどうなりました、とモモイさんが言った。なかなか可愛いもんですよ。と答えたらモモイさんはしみじみと頷き、大切にしないとねぇ、と言って、魚肉ソーセージを一本くれた。そうか、大切にしないといけないのか。洗濯はしてもいいんだろうか。とりあえず、今度陰干ししておこう。

 3本の毛は、すくすくと成長していた。
 この間、いくつかのトラブルもあった。知り合いの女の子に、なぜか毛を引っこ抜かれそうになり、下着姿の女の子を家から追い出す羽目になったり、日に当てすぎて、少し毛がぐったりしてしまったり。
 そんなある日、仕事から帰ると枕が消失していた。私はすぐにモモイさんの仕業だと分かった。何故だか、分かった。すぐに社員名簿でモモイさんの家を調べた。自転車で正確に、23分かかった。モモイさんは居なくて、部屋の鍵は開いていた。枕は、机の上にあった。毛は4本に増えていた。
 今では愛情込めて育てた甲斐もあり、私の部屋中に渦を巻くくらいに成長している。もう何日も部屋から出ていない。部屋中を毛が覆い尽しているので、出られないのである。出られない、と言うとまるで私が出たがっているように聞こえてしまう。別に私はここから出たいなんて思わない。私もここに埋もれて、そのまま彼らと一緒になる、それが一番自然なことのように思えた。

 真っ暗だった景色は、いつの間にかオフホワイトに変わった。この白い天井を突き破って、私は地上に出るのだ。

 

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