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 オリンピックが終わった。4年に一度の祭典なので、どこのテレビ局もオリンピック競技の中継ばかりで、かくいうわたしも、その結果 に一喜一憂しながらも、熱心に観戦していた。ソフトボールの上野由岐子選手の鉄腕ぶりに感動、雄々しい勇姿、と書けば失礼かな。
 野球は準決勝で韓国に敗れて、明暗がくっきり。アジア予選を戦ったときのメンバーに固執した星野監督の情実が裏目に出た、と書けば結果 論か。調子を落としたり、故障した選手が多かったのは残念だが、それは国家を背負って戦うという過酷な情況だからこそとも言える。観ている方が息苦しくなって、日本のピンチになるとチャンネルを変えて遁走、しばらくしてチャンネルを戻して怖々結果 を確認するというていたらく。そうすれば、不思議とピンチを脱しているというジンクスもあったのだが(ソフトボールで成功)、徴兵免除という報償を目前にぶら下げられた韓国選手の猛攻を凌ぎきることはできなかった。
 韓国は、予選に続いて決勝でも“最強”のキューバを連破しての金メダルは、アッパレの一言で天国。日本は、アメリカのマイナーリーグ選抜にも連敗して、メダルなしで終わって地獄。監督も含めて、全員がプロなのだから、結果 論でたたかれるのも仕方がないか。野球界の“アニキ”阪神の金本が四番に坐って、若いチームを引っ張ってくれていたらとつい思ってしまうのだが、フルイニング出場の世界記録を更新中では無理な願いか。
  勝敗や記録以外に印象に残っているのが、卓球女子の平野早矢香選手。エスニック風の顔立ちに、あの鋭い眼光。試合中は一度も笑顔を見せることなく、追い込まれても動揺がまったく顔に出ない、というか出さない。次のワンプレーだけに集中している純然たる闘志が、なんだかとても新鮮だった。
 そして、卓球は想像以上に過酷な競技なんだと、あらためて実感した。複雑に回転を加えられたボールを、あの狭いテーブルの中に打ち返さなくてはならない。それも、様々な重圧がのしかかってくる精神状態の中で、激しいラリーが続いている。ただ、どの選手も試合の合間に、ラケットを団扇代わりに使っているのには思わず頬が緩んでしまった。単純に暑いのか、熱くなり過ぎた闘志を鎮めているのか、気持をリラックスさせているのか。サーブの前によくやる動作なので、それでタイミングを計っている? いや、意外と、相手のタイミングを外すのが目的かもしれない。
 柔道の無差別級で金メダルを取った石井慧選手のつぶれた耳も、記憶に残っている。あの見事なギョウザ耳は、長年、寝技の稽古で耳が畳にこすられて熟成されたようで、柔道耳と呼ばれている。レスリングやラクビーの選手にも多いようで、練習量 の豊富さを物語っている。石井選手の得意技が寝技なのも頷ける。
 それにしても、だ。柔道の有力選手に、日本選手団の主将を押しつけるのはもうやめてもらいたい。アテネ大会の 井上康生と今回の鈴木桂治の惨敗で、もう懲りただろう。どうしても主将を選びたいのなら、日本の五輪選手史上最年長の67歳、馬術の法華津寛さんでいいではないか。法華津さんは、次のロンドンオリンピックも狙っているそうなので、是非とも次回の主将を期待したい。

 平泳ぎの北島康介が2大会連続で2冠に輝こうと、400メートルリレーで日本チームが史上初めてメダルを取ろうと、陸上100メートルでジャマイカのボルトが欽ちゃん走りで世界新を出そうが、我々小市民の日常は平々凡々と過ぎて行く。
 山里なので、通勤途中で動物に遭遇することが多い。少し前までは、ツバメが飛び交っていた。親ツバメが、巣立った子ツバメ達に餌の取り方を教えているのだろうか。それとも、日本を去る前に、しっかり栄養補給をして、体力を蓄えているのだろうか。
 おそらく、羽虫を追いかけているのだろう。車道の上を滑空しながら飛び交っている。危ないな、と思って運転しているのだが、巧みに車体をすり抜けて行く。さすがに野鳥だなと感心していると、フロントガラスの隅から黒い影が飛び込んできて、バンパーの辺りでコツンと小さな音がした。アッと思ってバックミラーを見ると、道路の上に黒い点のようなものが見えた。
(やっちまったか……)
 引き返して確認しようと思ったが、夕暮れが迫ってきているので、そのまま走り去ってしまった。翌朝は、車に轢かれてペシャンコになったツバメの死骸を覚悟した。しかし、ツバメが車にぶつかったはずの場所を通 り過ぎても、何も見あたらない。カラスにでも喰われた?
 しかし、こう思うことにした。まだ飛ぶのが未熟な子ツバメが、車にぶつかって脳しんとうを起こして気絶したが、すぐに目を覚まして、また元気に飛び始めた。そんな身勝手な想像ができるほど、あのときのコツンという音は頼りなかったのだ。
 地元の図書館では、宮沢賢治の朗読CDの全集が揃っている。その擬人化された動物たちの物語を聞きながら運転していると、山の中から動物たちが姿をあらわして、しゃべり出しそうな気がしてくる。
「おい、大丈夫か?」
 親ツバメが、気絶した子ツバメの頭を嘴でつついている。
「うーん……、ぼく、どうしちゃったのかな?」
「車にぶつかったのさ。おまえはそそっかしいからね。でも、運が良かったよ。軽だからスピードは出てないし、バンパーも柔らかいもの」
「ぼく、石頭だからへっちゃらさ。でも、あいつ、運転がへたくそだったよね」
 タヌキに出会うことも多い。タヌキは町中にも出没していて、簡保の宿では餌付けして観光客の目を楽しませている。日本猿やキジ、モグラを見たこともある。もっとも、モグラは轢死体であったが。
 人家のない峠道で、どういうわけか美しいペルシャ猫や黒猫が姿を現したり、子タヌキがガードレールの下で遊んでいたり。車から降りて話しかければ、猫やタヌキの王国に招待してくれるかもしれない……。現実は、モグラのように礫死体で再会することが多いのだが、願わくば加害者の敵役ではなく、動物たちの友達として、空想の世界で遊んでいたいものだ。


Copyright(c):Masahiro Akagawa 著作:赤川 仁洋


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*亜木冬彦&赤川仁洋の作品集が文華別館に収録されています。


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