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 我が家は女手がないので、ずっとわたしが食事の準備をしている。準備であって、「料理をしている」とはとても書けない。実際に、お店の総菜を買ってすませていることが多いのだ。
  店の閉店時間が夜の7時なので、それから車でA-COOP(農協のスーパー)に行くと、総菜が半額になっている。毎日のように通っているお得意さんだが、利益的にはどうなのか。しかし、廃棄処分にされるものを購入しているわけで、環境にも、わが家の家計にもやさしいはずである。
 父親が存命で、まだ元気だった頃は、父親が料理を担当していた時期がある。わたしが正社員として働いていたときで、実家の薬局を閉店して、時間を持てあましている父親が台所に立つようになった。
 新聞や週刊誌、はたまたスーパーで無料配布されている料理のレシピを大量にストックして、モチベーションは高かったのだが、残念なことに実際の料理に反映されることはなかった。若い頃に鼻を悪くしたという話を聞いた記憶があって、そのせいで味覚音痴だったのではないかと推察している。
 80歳を超えている父親が作ってくれた料理だ。文句を言っては罰が当たる。仕事で帰るのが遅いので、わたし一人で食べることになるのだが、ご飯も何度かチンしているのでガビガビで、おかずを全部たいらげたあとの2杯目のお茶漬けが救いだった。
 神聖な父親の料理に、一度だけクレームをつけたことがある。日本産にこだわって高価なウナギの蒲焼を買って来たのはいいのだが、自分でタレを作って大失敗。醤油と味醂と日本酒という単純な組み合わせで、どうしてあんな代物ができてしまうのか。信じられないぐらいに塩辛くてまずかった。蒲焼きを買うときは、一緒にタレを買ってくれとお願いした。
 その父親の遺伝子を、わたしは色濃く受け継いでいる。手間暇をかけるほどに味の迷路に嵌ってしまう。今は身の程を知って、単純なものしか作らないようにしている。いや、単純なものしか作れない。
 わたしの朝はパン食で、青汁の粉末を入れた牛乳とバナナを食べている。ここのところ寒い日が続いていて、とくに猫を飼うようになってからは、猫のトイレの臭いが部屋こもらないようにと窓を開けたままにしているので、室温は外気に近い。この前の大寒波のときには、早朝の室温は氷点下になっていたのではないか。
 これだとバナナが凍ってしまい……、これはちと大げさだが、ガリガリと生の野菜でも齧っているような食感になってしまう。熟していない青っぽいバナナだと、それがさらにひどくなる。
 その日はあまりにバナナが固かったので、オーブントースターで短時間だけ加熱した。だけど、表面が少し柔らかくなっただけで、中身は芯があってガジガジのまま。さらにトースターで時間をかけてこんがり焼いた。
 皮が真っ黒に変色。それを剥くと、白いバナナの実からホカホカの湯気が立ち昇っている。この焼きバナナ、甘みも増して、けっこうイケるのだ。しばらく続けてみたが、今はちょっと飽きてきたかな(苦笑)。
 次はもう少し料理っぽいメニューで、キュウリの酢漬け。これは以前に薬局に勤めていたときの同僚に教えてもらった調理法。キュウリを適当な大きさに切って、ラッキョウ酢に漬けるだけ。好みによって砂糖を加えても可。A-COOPのラッキョウ酢がいちばん良いと言われたので、今でもそれを守っている。男の食卓は野菜不足になりがちなので、保存も効くこの一品はとても重宝している。
 もう少し付き合っていただきたい。サバの缶詰が安いので、よくまとめ買いをしている。わたしの嗜好では、味噌煮の方がベター。キャベツを千切りにして皿の上に敷き、その上にサバの缶詰を全部入れる。ラップして、チンしてでき上がり。歯ごたえの残っているキャベツに味噌が滲みて、けっこうボリュームがあるのでメインディッシュでもいける。
 レトルト食品も便利である。代表格はやはりカレーだろう。お湯で温めるのが定番だが、そのままどんぶりご飯の上にかけてチンする。ラップをしてはいけない。少々長めにチンすると、適度に水分が飛んで焼きカレーができ上がる。七味唐辛子をかけると辛さと風味が増してさらにグッド。これだけだと味気ないので、もらいものの佃煮の小パックを投入して「焼きカレー丼」の完成である。
 さらに、インスタントとレトルトの合体技。これは最近、考案した(苦笑)。近所の人から、生麺タイプのインスタントの焼きそばをもらった。キャベツやモヤシなどの野菜を炒めて、それにレトルトパックの牛丼を投入。それに麺を入れてさらに炒めて、最後に粉末ソースをからめてでき上がり。本格的な中華のようなしっとりとした食感が味わえる。牛丼の濃厚なタレの味がよく効いている。
 今まで紹介したものは所詮、自己満足のレベルだが、周囲に好評なものが一つだけある。石焼きいもである。店内の暖房は石油ストーブを使っているのだが、お湯を沸かすのは湿気がこもって古本屋には芳しくない。何かストーブの熱を利用できることはないかと考えて、石焼きいもを思いついた。
 ホームセンターで小さな玉石を買ってきた。庭石や盆栽、水槽などに使う玉石で、かなりの量のものが一袋、千円しない値段で売っている。これを大きな鍋に入れて、ストーブの上に載せる。石の中にサツマイモを入れておけば、何もしないでホクホクの焼きいもができあがるという仕組み。本物の石焼きいもである。
 サツマイモは、大きなものは値段も高いが、細くて小さなものは安価で数もたくさん入っている。これを石の中に埋めておけば、一時間もすれば中が真っ黄色のホクホクの焼きいもができている。近所の人がやってきて、「これ、入れといてくれる」とサツマイモを持って来ることもある。
 以上で超簡単レシピはおしまい。
 ネットの記事で読んだ記憶があるが、ブログやフェイスブックで身辺のことを発信している輩は、日本人がダントツに多いのだという。内向的で、直截的な行動や表現は苦手だが、内に秘めた自己顕示欲は相当に強い民族、ということか。
 で、何を発信しているかというと、一般の小市民にたいした事件が起こるはずもなく、いちばん多いネタは食べ物のこと。外食も含めて、同じものを食べ続けるような人はほとんどいないわけで、食べ物のことを書いていればそれなりに違うことが書ける……。
 はい、わたしもネタに困った小市民です(苦笑)。


Copyright(c):Masahiro Akagawa 著作:赤川 仁洋

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*亜木冬彦&赤川仁洋の作品集が文華別館に収録されています。


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