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 懐かしい方からお便りをいただいた。昔の同人誌仲間なのだが、将棋の藤井聡太四段のニュースを見て、わたしのことを思い出したとハガキに書いてあった。正確には、藤井四段の連勝をストップした佐々木勇気五段の方を見て。若い頃のわたしに面 立ちが似ているそうなのだ。
 将棋ファンのわたしは、日曜日の午前中に放映される将棋のNHK杯トーナメントを録画して観戦している。佐々木五段も何度か登場しているので、その容貌はよく知っているのだが、思わず首を傾げてしまった。若い頃は、今よりもガリガリに痩せていたので、体形は似ていたかもしれないが……。
 佐々木五段も22歳の新鋭棋士で、各棋戦で優秀な成績をおさめている。藤井四段に対する最強の刺客と目されていたのだが、先輩棋士としての意地と貫録を見せてくれた。
 藤井四段のことは、いまさらここで紹介する必要もないのだが、ざっくりとプロフィールを書きだすと、14歳2カ月で日本将棋連盟の四段プロ棋士になった。これは、歴代の最年少記録。従来の記録は、加藤一二三九段の14歳7カ月で、60年ぶりに更新したことが話題になったが、藤井四段のプロ棋士としてのデビュー戦が、その加藤九段というのも不思議な縁。
 トーナメント棋戦の一回戦なので、おそらく話題作りのために意図的に対戦が組まれたのだろう。 当時、76歳だった加藤九段との年齢差は62歳で、これも歴代の新記録になる。そのときは、「ひふみん」という愛称で呼ばれて知名度の高い加藤九段の方がニュースの主役で、藤井四段は添え物扱いだったが、それから藤井四段の連勝街道が続いて、社会的な話題になった。
 デビュー以来、負け知らずの29連勝。従来の連勝記録は、神谷広志八段の28連勝(1987年達成)で、もうこの記録を超える者は現れないだろうと言われてきた。その空前絶後の大記録を、デビューしたての中学生があっさり破ってしまったのだから、これはもう歴史的快挙である。
 藤井四段の活躍で、将棋に興味を持つ子供たちが急増したという。まだ中学二年生の藤井四段は、小学生ぐらいの子供たちにとっては、少し年上のお兄ちゃんという感じなのかもしれない。幼い顔立ちの天才少年が、まるで少年漫画の主人公のように、大人たちをバッタバッタとなぎ倒してしまうのだから痛快だ。ヒーローに憧れて、将棋を覚えようとする子供たちが増えるのも頷ける。
 わたしが将棋を覚えたのは、かなり遅くて、中学生になってからだったように記憶している。学校に将棋の駒を持ち込んで同級生と指していたのだが、先生に見つかって没収されてしまった。校則で、遊具の持ち込みは禁止されていた。
 禁止されればやりたいという欲求が募るのは今も昔も同じで、平べったい石を拾ってきて、表裏に駒の名前を書き込んだ。その石の駒と手書きの紙の盤を使って将棋を指した。全部、校内での手作りなので、これは校則に違反しているのかどうか。結末がどうなったかの記憶は残っていない。
 高校生の時は、堂々と教室に盤駒を持ち込んで、放課後になると同好の友だちと将棋を指した。学校の図書室にある定跡本などを読んで、自己流だがいっぱしの強豪になったつもりでいたが、上には上がいる。穴熊という戦法があるのを知ったのもその頃だ。どのクラブにも所属していない「帰宅部」だったわたしにとって、それが部活のようなものだった。
 大学、社会人としばらく将棋から遠ざかっていたが、結婚を機に転居した土地で、地元の将棋サークルに参加、濃密な時間を持つことができた。当時は物書きとして行き詰っていたが、気分転換に書いた将棋の推理小説が懸賞小説に入選して、デビューすることができた。 将棋には恩義がたくさんある。
 多くの子供たちに将棋を覚えてほしいと心から想う。今の子供たちの遊びは、コンピューターゲームが主流だろうか。それで仲間が出来て交友関係が広がればいいのだが、機械を使ってのゲームは一人でも楽しめる、いや、楽しめてしまうので、部屋に閉じこもってしまうリスクもある。 その点、アナログの将棋ならば相手が必要なので、外に出て行く必要がある。
 将棋や囲碁は老若男女関係なく、一緒に楽しむことができる。しゃべるのが苦手な人間も、盤上では能弁になる。 礼儀を学ぶのも将棋は適している。棋力にかかわらず、相手に対する敬意がなければ、棋友を失うことになる。相手の顔を見ながら、言葉をかわしながら指す楽しみを覚えてしまえば、パソコン相手に指す将棋は味気ない。
 わたしには子供がいないが、もしいたとしたら、たぶん将棋を教えているだろう。将棋盤を挟んでなら、学校のことも気軽に訊けるような気がする。顔色を見て、何か問題はないか、確認できるような気がする。生意気なことを言うようなら、全力で叩き潰す。親父の威厳というものを見せつけてやるのだ。将棋盤の上でなら、それも可能である。
 もし、藤井四段のような天才が生まれてしまったら……、わが遺伝子を考えるとありえそうにもないが、ただ見守るしかないだろう。こうして考えると、天才というのは、本人も家族も大変なんだろうな、などと、余計な心配をしてしまった(苦笑)。

Copyright(c):Masahiro Akagawa 著作:赤川 仁洋


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*亜木冬彦&赤川仁洋の作品集が文華別館に収録されています。


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