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 梅雨明け前からの猛暑で早々に夏バテ、1月の寒い時期に生まれたので夏とは相性が悪い。おまけに飼い猫のドラマが朝早くから餌をよこせと催促するので寝不足、げっそりしてしまった。ドラマがいる部屋は2階にあって、エアコンがついていない。古い鉄筋コンクリートの2階建ての建物で、断熱材が入っていないので、日中に直射日光に晒された屋上のコンクリの熱気が、夜になってもそのまま居坐っている。
 つまり、夏はクソ暑くて冬は死ぬほど寒い、という残念な部屋。 そんな暑い部屋の中で、全身に毛皮をまとっているのに、ドラマは元気である。絨毯の継ぎ目のリノリウムが剥き出しになっている床や、プラステックの衣装ケースの上に腹這いになって、体内の熱を散らしている。食欲も落ちずに旺盛だ。さすがに野良出身の逞しさ。暑いの寒いのとブーたれていたら生き残れない。
 わたしの方は、「夏バテしているから」と言い訳して、溜まっている古本屋の仕事をうっちゃって、クーラーの効いた漫画ルームにこもって本を読んでいる。実際に、体を動かすと全身に汗をかいて、すぐにぐったりしてしまう。身体もきついが、たぶん気持の方が決定的にダレてしまっている。
 商店には「ニッパチ」という言葉があるようで、一年でいちばん寒い時期の2月と暑い時期の8月は来客が少なく商売も苦しい、ということらしい。だから、不本意ながらも、本がよく読める。古本屋なので、読む本はいっぱいあるのだが、今回は自分の読みたい本ばかりにしようと思って、図書館から借りてきた。風邪を引いた時に食べるアイスクリームといった感じ。
 久しぶりに本の感想でも、ざっくりと書いてみようか。 最初に読んだのが「踊り子と将棋指し」、2015年第10回小説現代長編新人賞を受賞した作品。作者の坂上琴は1961年生まれなのでわたしとほぼ同年代、董の立ったというか、もう立ち枯れしそうな年齢でのデビューだが、経歴によると毎日新聞の記者をやっていたのだが、アルコール依存症になって仕事が続けられなくなったらしい。
 ストリッパーと将棋指しという題材に飛びついたが、内容的には今ひとつ。ストーリーで読ませるのか、人情で泣かせるのか中途半端な感じ。ストリッパーの内実はよく調べて書けている。
 今、わたしのお気に入りの佐藤多佳子は、「第二音楽室」と「明るい夜に出かけて」の2冊。思春期のやるせない想いが実によく書けている。とくに「明るい夜に出かけて」は、ラジオの深夜放送のリスナーで「投稿職人」というマニアックな世界を題材にしている。
 作者の生年は1962年、ウィキペディアで調べたが、本のプロフィルには載っていない。以前読んだ本にはちゃんと記載されていたように記憶しているが、抵抗があるのだろうか。失礼を承知で書かせてもらえれば、青少年の繊細な精神世界をこの年齢の作者がこれほどリアルに再現できることに驚嘆する。児童作家出身ということも影響しているのだろうか。
 半年ぐらい前に、恩田陸の「夜のピクニック」を読んだ。本屋大賞を受賞した小説だが、読後にザラリとした違和感が残った。高校生が登場人物なのだが、その言動や思考の背後に、成熟した大人、つまり作者の意識を感じてしまったのだ。高校生はそんなに達観していない……。佐藤多佳子と同じ世代を描いているので、つい比較してしまった。
 坂木司の「女子的生活」、相変わらず舞台設定がうまい。マイノリティの世界観を描かせたら天下一品。「大きな音が聞こえるか」は、600ページの大長編を一気に読ませる青春小説の傑作。坂木司は覆面作家としてデビューして、未だに性別を明らかにしていない。いくつか作品を読んで、わたしは男性だと確信しているが。
 しかし、 「何が困るかって」はいただけない。人間の善意ばかりを描いていて、悪意も書いてみたくなったのだろうが、“売れている”作家の我が儘。そんなものは読みたくなかった。そんなものは実社会で充分である。
 笹本稜平の「特異家出人」と「分水嶺」の2冊。どら書房で何冊かリクエストされて取り寄せたことのある作家で、刑事小説の名手として知られている、らしい。わたしには未読の作家だった。骨太の人物描写は安心して読むことが出来るが、ストーリーが直截で、うん?と思っているうちに終わってしまった。巧みな伏線やどんでん返しに慣らされた読者にとってはかえって新鮮か。
 生意気を承知で書けば、「分水嶺」は残念だった。山岳写真家の世界を丁寧に描いてすぐに惹きこまれたが、途中から人生観の押しつけが鼻についた。そんなセリフをわざわざ書かなくても、その人物の生き方が十分に魅力的なので、読者には伝わると思うのだが……。成功作とは言い難いが、他の作品も読んでみたいとの想いは残った。
 原田マハの「生きるぼくら」、引きこもりの再生物語だが、ちょっと説教臭くてステレオタイプ。でも、人物は魅力的で読後感は悪くない。薬丸岳の「悪党」、犯罪の加害者と被害者の双方の家族、というのがこの作家の鉱脈なのだろうが、どちらも救われようのない対象なので、着地点が難しい。しかし、暗い物語を書いてジメジメしないのはこの作者の体質なのか、筆力なのか。こちらも読後感は悪くない。
 勝手なことを書き散らかしたが、あくまで一個人の感想である。読者は王様で、それぞれの感想や評価があって当然だとわたしは思っている。

 酷暑が続いていたが、ここしばらくは早朝の気温が下がって過ごしやすくなった。やはりここは山里で、瀬戸内の山陽とは気候が違う。いつの間にか「残暑」の季節に移行している。そろそろ仕事を始めないと、また月末にバタバタすることになってしまう。
 睡眠不足を解消しようと、しばらくはエアコンのある漫画ルームのソファベッドで寝ていたのだが、また飼い猫のドラマのいる部屋で一緒に寝るようになった。ドラマは退屈しているのか、わたしが部屋にいると、そばを離れそうとしない。
 ベッドで寝ていても、枕元に蹲っている。そして、寝ているわたしの頭髪をペロペロ。仲間内の毛づくろいのつもりだろうか。これがけっこう刺激が強いのだ。猫の舌はサンドペーパーのようにざらざらで、なんだか頭髪ごと皮膚が削られているような感覚がある。
 そうでなくても乏しくなった毛髪にダメージを受けてしまったらどうしよう。いや、毛根が刺激されて、毛が生えてくるかな。そういえば、以前のテレビ番組で、禿げ頭を牛の舌で舐めてもらって刺激する育毛法が紹介されていた。禿げてしまうか、ふさふさになっているか、現状維持で変わらずか、半年後には結果が出ていると思うので、請うご期待(苦笑)。

Copyright(c):Masahiro Akagawa 著作:赤川 仁洋


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*亜木冬彦&赤川仁洋の作品集が文華別館に収録されています。


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