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 10月は毎年恒例で、しばらく古本屋を閉めて、学生時代の友人たちとテニス旅行に行っている。いつもは、メンバーの一人が暮らしている福島のいわきに集まるのだが、今回は千葉の九十九里にある白子温泉に集合。テニスによる町おこしが盛んな土地で、テニスの大会や学校のクラブの合宿などを積極的に受け入れていて、施設も充実している。
 宿泊した温泉ホテルも自前のコートを3面所有していて、全天候型のオムニコートの状態は上々だった。今まででいちばん良いコート、という評価で、参加したメンバー5人の意見が一致した。
 最寄りの駅は茂原で、行く前はそれがどこにあるかもわからなかった。今はネットで簡単に検索することができるのだが、準備でバタバタしていて余裕はなく、とにかく待ち合わせの電車に乗ればなんとかなるだろうと、「わかしお」という特急列車の名前と発車時刻だけを頭に入れて東京駅まで来た。
 外房なので、たぶん常磐線の近辺だろうと見当をつけて探したが、わかしおのホームがみつからない。案内所があったので「わかしお」のホームはどこですかと尋ねたら、案内役のおねえさんが申し訳なさそうな顔をして、「かなり遠くなります」という。
 ナント、京葉線。まったく逆方向で、しかも地下の地下。超過密状態の東京駅をさらに掘り下げてつくったプラットホームだ。ディズニーランドに行くときのホーム、と書けばわかりやすいだろうか。小金井のアパートを早めに出て来て良かった。
 中央線は事故の多い路線で、ちょくちょく遅延する。実際、昨日の朝も事故があって、もう通勤時間帯は過ぎているはずなのに、ホームに人が溢れていた。とくに飛び込み自殺が多い。かわいそうだと想う以前に、どうせ死ぬなら迷惑のかからない所を選んでくれよと悪態をつきたくなる。
 時間があるので、のんびり移動した。それにして、遠いよ。階段をいくつも降りて、まるで地下帝国、SF映画の世界だ。さすがに申し訳ないと思ったのか、動く歩道まである。ラケットも入っている大きなバッグを抱えているので、肩や腕が痛くなって、途中で何度も持ち替えた。
 わかしおには4人が集合することになっていたのだが、一人、乗り遅れた。わたしと同じように常磐線の方に行ったようで、出発の5分前に携帯に電話がかかってきた。ホームはどこだという。やはり、何も調べていない。結局、乗り遅れて、そのあとの快速に乗って来たのだが、特急と30分ぐらいしか違いはないようだ。自分ひとりだったら、特急料金をケチって快速で来ていただろうなと内心、思ったものだ。
 薬科大学時代の仲間なので、全員が薬剤師。病院や調剤薬局、ドラッグストアと業種はいろいろだが、専門職なので、水準以上の収入がある。ないのは古本屋専業になっているわたしだけで、金銭感覚がかなり違っている。まあ、もともと寄り道ばかりしているわたしは、できるだけ働きたくないというタイプで、それにはお金を遣わないようにするしかないと貧乏性が身についてしまっている。そこを自己主張してしまっては旅行が成立しないので、一年に一度の贅沢だとみんなに合わせるしかない。
 ずいぶん昔の話だが、みんなで新宿に集まった。居酒屋で飲んだあとで、女の子のいる所に行こうよと盛り上がったが、わたしが渋って、結局、深夜の風林会館で卓球をやってお開きになった。初対面の女性に気を使って気まずい思いをしたあげく、どうしてお金まで払わなくてはならないんだ?
 今でもこのときのことが笑い話で出てくる。 アルコールに弱いという体質も影響しているのだろう。少量の酒で酔ってしまうので、割り勘にすると割に合わない。調子に乗って飲み過ぎると、すぐにつぶれてしまう。母親の介護のために帰郷、都落ちして、そうした夜の酒席に参加しなくてもいいのはありがたい。
 今回は、昼間のテニスで体力を使って、さすがに遠く離れた夜の街にくりだす元気はなく、みんな宿で飲んだくれて早々に就寝。お互いもう還暦なのだ。よく頑張っている。テニスも、そして人生も……。
 テニスの個人成績の方は散々だった。古本屋業やミニコミ誌の発行で忙しくて、地元のテニスサークルの例会になかなか参加できなかった。やっぱり練習は正直だと思った。しかし、テニスは上達しなくても、ボールを無心に追いかけているだけで楽しい。怪我をすることなく、今回も無事に終了した。みんなの元気な顔を見ることができた。それで十分、満足だ。
 10月5日の木曜日に出立して、10月11日の水曜日に帰って来た。ちょうど一週間、古本屋を閉めていたことになる。毎回、この旅行のことを書くときに説明しているが(苦笑)、東京にいるときに暮らしていた小金井市のアパートを、そのまま借りている。わたしの奥さんと、それぞれの親の面倒を看るために別居してもう15年になる。お互いの父親は亡くなったが、まだ母親の世話が残っている。
 わたしの方は、母親が介護専門病院に入所して自宅介護からは開放されたが、奥さんの方はまだ千葉の実家でお義母さんの世話をしている。1年に1回、このテニス旅行を利用して、小金井のアパートで何日かを過ごす。七夕のような夫婦だと揶揄されるが、古本屋の自営業になって、少し滞在日数を増やすことができた。ただし、お義母さんのことがあるので限度がある。
 わたしが少し早めに東京に行って、小金井のアパートから旅行に参加。その間、奥さんは千葉の実家に戻ってお義母さんの世話をする。わたしが旅行から帰って奥さんと再合流、また少し一緒の時間を過ごして帰郷、というのがいつもの日程で、今回も同じである。
「あれ、あんな店あったっけ」
 駅までの道を歩いていると、見慣れない建物がたっている。
「前からあったよ」
 そっけない奥さんの答えに、去年も同じ質問をしたことを思い出す。1年に数日を過しただけの記憶よりも、以前に15年以上も過ごしたときの印象の方が勝っているのだろう。お互いの容姿の印象も同じなのかもしれない。再会した時は、齢を取ったよなと違和感があるが、しばらく一緒にいるとすぐに馴染んでくる。毎年、その繰り返しだ。
 阿武咲という大相撲の関取がいる。「おうのしょう」と読むらしい。まだ21歳の若手だが、その祖母さんが自分と同じ年齢だと知って、奥さんはショックを受けたという。自分たちには子供がいないので、自身の年齢を実感する機会が少ない。内面と外面のギャップが大きくなっている。だから、自分の写真を見るのが年々辛くなる。
 高校野球を観ていて、年上のお兄さんがやってるなと思っていたら、いつの間にか同年代になり、やがて年下になり、そして子供の年代になった。今はもう孫の年代である。
 1年ぶりに夫婦で再会して、何をして過ごしていたかというと、なんのことはない、商売の延長で古本屋巡りをしている。羽田に到着した日は神田の古本屋街に行って、ネットで検索しても不明だった本の価値を調べてもらった。 「日本毒蛇図説」という大正10年に発行された本だ。古本会館でどこに行けばわかりますかと尋ねると、生物関係の専門書を扱っているのは今は鳥海さんのところだけだと教えてくれた。
 鳥海書房では、店主があちこち電話で問い合わせていて時間がけっこうかかったので、これは貴重な本かもしれないと期待が膨らんだが、結果は「2千円で買い取ります」という評価。その理由も丁説明してくれたので納得できた。丁重に礼を述べて、本は持ち帰ることにした。
  正直、落胆したが、古書店の買取価格は、店頭での販売価格の10分の1というのが相場らしい。2千円で買い取るということは、2万円の値札が付けられるのだろうか。いやいや、すんなりと本を返してくれたので、やっぱりそれほどの希少価値はないということか。
 本当はアマゾンに登録して販売したいのだが、今は「小口出店者」契約で、新規の本の登録ができないシステムになっている。「大口出店者」にグレードアップすれば、自分で新規の本の登録ができるようになるのだが、小口から大口への変更はずっと「ただいま停止中」。いつ解除されるのだと問い合わせても、「システム上の安全が確保されてから」とはぐらかされて、解除時期をはっきりと答えてくれない。小口出店の方がアマゾンの利益が大きいので、わざとそうしているのではないかと勘ぐっている。
 古本屋街をぶらついていても、ついつい常連客の顔がちらついて、「この本ならあの人がほしがるだろうな」などと皮算用をしてしまう。結局どっさりと買いこんでしまい、重い荷物を抱えてしんどい思いをした。東京にいる間に買いこんだ古本は、トータルでゆうパックのいちばんでかい箱で3つ分。これでは「買い出し」である。
 夫婦で一緒にいる時間が貴重なのであって、何をしても同じなのだと思う。だから、東京に行くことは、地元の人には誰にも連絡しないようにしている。お世話になった人はたくさんいて、会いたい人も、挨拶をしなければいけない人も大勢いるのだが、ずっと不義理を重ねている。そうしなければ、年に一度の七夕の時間が、ますます短くなってしまう。
 無事、帰郷して、部屋に戻ると、飼い猫のドラマが駆け寄って来た。留守中は、近所の人に餌やりに来てもらっていたのだが、寂しい想いをしていたようだ。わたしのまわりにへばりついて離れようとしない。寝る時もわたしの枕元で蹲っている。野良猫だったドラマを飼い始めたのが、ちょうど去年のテニス旅行の前だった。ドラマと過ごして、1年が経過したことになる。
 旅行中は真夏のような陽気だったが、帰郷してからは天気がぐずついて急に寒くなった。これから長い冬が始まるのだと覚悟した。お祭りはもう終わったのだ。

Copyright(c):Masahiro Akagawa 著作:赤川 仁洋


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*亜木冬彦&赤川仁洋の作品集が文華別館に収録されています。


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